2011年05月28日

福島原発事故は日本社会の縮図

福島原発の問題で、また責任のなすり合いが始まっているようですね。
1号機に海水を注水した後に、注水を止める指示があったとされる問題ですが、菅総理は「海水注入の連絡も受けていないのに、止めろという指示を出すはずがない」等と、自分の責任を回避するように頑張っています。
東電側は海水注入の連絡を保安員に伝えたと言い、保安員は受けたかも知れないが、Faxのスミに小さく書いてあった程度等と、訳の解らぬ言い訳をし、政府は政府で「知らなかった」等としらばっくれる。

揚げ句の果てには、散々もめておきながら、実は現場の判断で海水注入を止めていなかった事が解りました。
現場の判断と言うのが、福島第一原子力発電所の所長の吉田さんです。
実は吉田さんの名前は、原発事故の半月後あたりから、一部の週刊誌等で出始めていました。
錯綜する情報、迷走する上からの指示。
そんな中で現場が一体感を持ち、使命感を持って踏ん張ってこれたのは、この吉田所長の存在が大きいと言われています。

なんで吉田所長の名前がクローズアップされたのか。
それは吉田所長がテレビ電話会議で、上からの指示に対して「やってらんね〜よ」とキレたのが発端のようです。
必死に頑張る現場の職員や関係作業員達。
ところが上からは訳の解らない指示ばかりが下りてくる。

今回の「海水注入を止めた」という話も、そんな状況の中で出てきた話なのでしょう。
あくまで推測ですが、菅総理は「海水を注入したら際臨海の恐れがある」と勝手に思い込んで、その危険性を検討するように指示したのでしょう。
そうなれば、当然「検討している間は注水を止めろ」という指示が下りてきます。
それに対して吉田所長は自分で判断して、海水注水を続けたのだと思います。
結果それが良かったのだと思います。

自分の責任と使命感を以て、自分で判断して決断をした。
リーダーとして本当に立派だと思います。
おそらく吉田所長は、それが原因で責任が生じたら、ちゃんと責任をとる覚悟だったと思います。
それに比べて総理や東電役員・保安員の対応はどうでしょうか?
とにかく自分の責任にはしたくないから、0.1%でもリスクがあればそれを避ける。
曖昧な表現で自分たちの責任を逃れようとする。
言ったの言わないのって、本当に男らしくない。

映画の「踊る大走査線」で、青島警部補役の織田裕二が叫ぶ有名なシーンがあります。
現場で突入を決め、それに対して了解を得ようと上に指示を仰ぐ。
ところが会議室では現場の状況が掴めず、誰も的確な指示を出さない。
リスクを恐れて青島警部補の判断を却下します。
そこで放ったのが有名なセリフ。

「事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんです」

まさしく今の福島原発事故はそのままです。
事故は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんです。
何で現場を見にも来ないで、会議室で判断ばかりするのでしょう?
菅総理は一番行ってはいけない時期に、原発に乗り込み、行かなくてはいけない時期には、全く出向きません。
現場で必死に頑張っている作業員の皆さんに、現場に行って「ご苦労様です。感謝します。」のひと言くらい言ってみろ。
それが真のリーダーだ。

今の日本は現場のリーダー達の頑張りで持っているような気がします。
そして現場を解らない、見ようともしない上層部が、会議室でお互いの責任のなすり合いをしている。
上層部になるには、そうやって人の顔色を伺い、上司のご機嫌を取って気に入られる人材しか集まらない。
結果、上層部では覚悟を決めて決断できる人がいない。

吉田所長のように、自分の判断で上司に意見を出す人は、出世出来ないようなシステムに日本全体がなっている気がします。
本当に求められているのは、吉田所長のような人材です。
今回の福島原発事故は、まさに日本の社会の写し絵のようですね。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 私の思うこと
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