2010年08月06日

本当の平和を

今日は8月6日。
広島に原爆が投下された日です。
毎年、この日になると「核廃絶」とか「核無き平和な世界を」と、テレビなどで訴える姿を見ます。
確かに言っている事は正しいと思う。
核は無くなってほしいし、核の無い平和な世界になってほしいと思う。

しかし、毎回思う事は、世界は言っている事とやっている事が違う。と言う事。
アメリカのオバマ大統領は「核無き世界」を叫びましたが、出来ない事を言ってはいけない。
正確には「核無き世界」では無くて「核少なき世界」のハズです。

いくら日本だけが「核を持ちません」と言っても、世界の国は核を手放さないし、持っていない国は何とか手に入れようとする。
北朝鮮が核開発を辞めなかったのも、核を手にすれば事実上は「核保有国」となれるからです。

世界の核保有国が同時に核兵器を破棄し、世界から全ての核が消え去ることが出来るのなら、日本が「核を持ちません」と言う事はとても正しい事だと思います。
しかし、現実問題としてそんな事は天地がひっくり返っても有り得ません。
いくら「核無き世界」を叫んでも、それは単なる建前でしか無いのです。

日本が本来伝えるべき言葉は、「核を持ちません」では無く「世界が核を捨てないのなら日本は核武装します」だと思います。
何故世界で唯一核の被害にあった国が、自分だけ核を持たないと宣言するのか?
唯一被害を受けた国だからこそ、日本にはそれを言う権利があると私は思います。
本当に核武装をして欲しいとは思いません。
でも言うだけでも良いのです。

その上で「世界が核を破棄するのなら、私たち日本も核を持ちません」と言うべきだと思います。
何故無条件で最初から「核を持ちません」と言うのか?
言っている事は結果的には正しいのですが、それを言う前に、まず言うべき言葉があるハズです。
「核廃絶」とか「核無き平和な世界を」は、最終的な理想です。
誰だって核兵器をちらつかせながら、けん制し合っている世界よりは、お互いを立て合って仲良くしている世界の方が良い。
でも、それはあくまでも理想です。まずは厳しい現実を見なければいけません。
厳しい現実を見て、その中でなるべく理想の世界に持って行けるように、さまざまな駆け引きをしないといけないと思います。

人間関係だって同じです。
誰だってみんな仲良く平和に暮らして行きたいと思っているハズです。
でも現実はさまざまなトラブルや問題が起きて来る。
その時に、その問題を解決するために、様々な努力をしないで「トラブルの無い世界を」と言っても、何も解決しません。
時には強い姿勢で立ち向かわなくてはならない事も多々有ります。

「核廃絶」・「核無き平和な世界を」この事は正しい。
でも、その前に言うべき事がある。
言葉だけの「平和」はもう要らない。
そう思うのは私だけでしょうか。

原爆によって命を奪われた、被爆者の方々のためにも、日本はもっと毅然とした態度で世界に言葉を発するべきだと思います。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 22:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 私の思うこと
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