2010年03月19日

最後の会議

今日は学童の会議があり、帰って来たのは21時半頃でした。
我が家は共働きのため、息子が小学校に入学した時から、学童保育を利用しています。
各市町村単位でシステムが異るのですが、私の住む市は公設民営の形を取っています。
つまり、市が予算をつけて、運営を民間に委託しているのです。

そしてその委託先が、私たち保護者で運営する「連絡協議会」なのです。
市にある学校の学童が、全部集まって連絡協議会を作り、その下に各学校の学童が存在します。
つまり自分たちで運営して、自分たちで利用しているのです。
最初はこれが意味が解らず、そして何より面倒くさくて、全く興味がありませんでした。

しかし、ある事がきっかけで、学童保育に深く関わる事となったのです。
それは、学童保育の立ち上げ。

息子が入学した時には、息子の学校周辺には学童がありませんでした。
息子の一年前に入学した子供たちは、隣の学童までタクシーで通っていたのです。
そして息子も入学した時に、同様にタクシーで通いました。
6世帯いたので、タクシー2台を契約して、1ヶ月の費用を6世帯で折半していました。

隣の学童は、私たちの学校だけでなく、他にも3つの学校からも児童が来ており、分割の話が出ていました。
そして、私たちの学校にも学童が必要との判断から、学童保育立ち上げの話になりました。
学童の右左も解らぬまま、息子を入所させたものの、半年後に学童立ち上げという話になり、少ない世帯数で頑張ってみました。

しかし、何事も最初からスムーズには行きません。
そもそも、自分たちがまだ学童保育の事を理解しきれていない状態でのスタートです。
学校や地域、他の学童の保護者、様々な人々を巻き込む形で、いろんなところで話が噴出し、収拾がつかないような状態になりました。

最初の立ち上げは、みごと失敗に終りました。
私自身、自分の時間を犠牲にしながらも、精一杯頑張ったつもりでしたので、かなり落ち込み、もう学童保育を辞めさせるつもりでいました。
しかし、息子が楽しく学童に通う姿を見るにつれ、「息子が辞めたいと言ったら辞めさせよう」と考えました。

結局息子はやめる事なく、学童も学校の一室を借りて、暫定的に立ち上げる話になりました。
しかし、あくまでも暫定のため、ちゃんとした施設を市に建ててもらわなくてはいけません。
そのために、再び学校や地域、他の学童等と連携して、学童の立ち上げを行う事になりました。

最初の失敗から、私はもう中心的な存在で動くべきではないと判断していました、しかし、やはり実質的に動ける人間がいない。
結局再び私を中心に動いてほしいと、他の保護者からの要望を受け、再度立ち上げる事になりました。
しかし、最初の時とは人数が違います。
利用者が増えて、一気に20世帯以上に膨れ上がっていました。

最初の立ち上げで、失敗したために、各方面にご迷惑をかけ信用を失っていました。
まずは、その信頼回復から始めなくてはいけませんでした。
この時に連絡協議会の当時の会長が、我が身の如く動いて頂きました。
他の学校の学童ですので、自分の学童の事では無いのですが、本当にお世話になりました。

私はこの時から代表として、学校や地域、市との連絡等、深く深く学童に関わって行く事になりました。
学校の空き施設から、再度暫定的な場所への引っ越しをして、昨年の4月からは完全に一つの学童保育として運営を始めました。
(これまでは隣の学童の分室として合同運営)
そしてそのまま、代表から会長として、1年間手探りで運営を行って来ました。

自分たちが利用者でありながら、自分たちで運営する。
これが最初はなかなか理解して頂けない。
私もそうでしたから、新しく入ってくる保護者の気持ちはよく解ります。
「ここの学童は保護者が運営しているから、あなたも何かやってもらわないといけません」
こう言われると、殆どの人が萎縮してしまって、役員等を決める時に大変な苦労をします。
そこで会長就任時に、保護者に向けて挨拶文を出しました。
「私もまだまだ解らない状態です。しかし、自分に何が出来るのか考えながら、自分の出来る事を精一杯頑張ります。皆さんも自分に何が出来るのかを考えて下さい。ひとりでは何も出来なくても、みんなの小さな力が集まれば大きなエネルギーを生み出します。」
そんな内容の挨拶文でした。

そして事あるごとに「みんなで作りあげましょう」「自分の出来る事を頑張って下さい」と、呼びかけていました。
そのお陰か、昨年末の次年度役員は全て立候補で決りました。
会長職を除いては(^^;)
やはり会長という役は、やはり荷が重いようです。
もう一年私に・・・という推薦もありましたが、これ以上私が続ける事は、後継者が育たないという思いもあり、断りました。
会長だけはさすがに立候補が無いので、私が信頼できる保護者を推薦して、無事決りました。

役2年間、代表〜会長として、またその前には最初の立ち上げで動き、気が付けばず〜〜〜っと学童に関わってきた感があります。
本当にかなりの労力を使ってきたと思います。
しかし、それも全ては子供たちのためです。
そのお陰で、学校や地域、市や他の学童の保護者に協力して頂いて、学童保育が設立され、今年の夏には新しい施設も出来ます。
大変でしたが、とても良い勉強をさせて頂いたと思っています。

今日は今年度最後の会議でした。
本日の会議を以て、私が会長として出席する会議は全て終了しました。
来年度からは次の会長にバトンを渡します。
息子も5年生になるので、来年度は学童を利用しません。
学童から籍が抜けるので、私も本来は抜けるべきですが、まだまだ引き継げていない事があり、しばらくは次年度会長の後ろで補佐する事にしています。

最後の会議が終って今、ふっと振り返ってみると、我ながらよく動いてきたものだと思います。
しかし、私が動く事が出来たのも、学校、地域、市、連絡協議会等々、様々な方々のご協力のお陰です。
人はひとりでは大きな事は出来ないけれど、人々が繋がって同じ目標を持てば、こんなにも素晴らしい事だできるんだなぁ〜と感じた期間でした。

今月末までは会長としての任務があります。
最後までしっかりとやり遂げ、次の世代にバトンタッチしたいと思います。
そしてこれからは、補佐的な役割として、学童に関わっていきたいと思います。
関わった全ての方々に感謝。そして何より、笑顔で学童に来る子供たちに感謝です。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:54 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
本当にお疲れ様でした。失敗を経験しながらも、同じ事にチャレンジする姿に心打たれるものがあります。
 「子供のため」という一言の素晴らしさが良く分かりました。

 教育崩壊などと言われる事がありますが、子供に興味を持たない親などいません。そして、皆もっと上手に子育てをしたいと考えていますが、その方法が分からないために、最初の一歩を踏み出せない事が多いです。
 また、一部の人間【日教組など】が大きな壁になって、横の連携が断たれている場合も、うまくいかない事が多いみたいです。

 こういった1つ1つの事例が、いたるところに広がっていくことを願い、実践していきたいです。
Posted by ミリア at 2010年03月20日 11:22
ミリアさん、ありがとうございます。

本来、日本は親と子、教師と子の縦の絆。
そして、親と教師、子供と友達の横の絆。
さらにそれが大きく広がった、地域の縦と横の絆で、大きな網のような繋がりがあったはずです。
その大きな網に守られて、子供たちはのびのびと外で遊び、一生懸命勉強して、心も頭も賢く育ちました。

今の日本は、個人主義が広がり、縦の絆、横の絆が全部バラバラになってしまいました。
やはり戦後教育の影響によるところが大きいと思います。
虐待や子供を狙った犯罪も、地域力が強くなれば起きない問題だと思います。

教育崩壊に加え、地域崩壊、家族崩壊が今の日本なのでしょう。
壊れ切った日本をどう建て直すのか?
大変ですが、自分に出来る事を、ひとつひとつ頑張っていきたいと思います。
Posted by island at 2010年03月20日 13:19
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