2009年08月15日

64回目の終戦の日

今日はお盆、そして終戦の日です。
終戦を迎えて64年経って、改めて今のこの平和な時代を迎える事に感謝し、そのために国を守り散って行った英霊達に、そして戦争で犠牲になった方々に祈りを捧げたいと思います。
今の日本の状況を見て、決して満足ではないかも知れませんが、敗戦から復興した日本、そしてさらなる発展をしていくためにも、現代に生きる私たちが真剣に日本の未来を考えないといけませんね。

今日は終戦の日ということもあって、テレビも特集番組等があったようです。
その中でも、以前から見たかった「硫黄島からの手紙」を見ました。
最初は子供が一緒に見ていたので、ワイワイ・ガヤガヤしていて、セリフなどが聞き取りにくかったり、見逃した場面があったりと、ゆっくりと腰を据えて見れませんでしたが、後半は子供達も寝て、ゆっくりと見れました。

やはり、戦争の悲惨さを感じました。
硫黄島の戦いは、本当に過酷な戦いだった事は、いろんな情報である程度知っていましたが、また映画とはいえ映像で見ると、本当に厳しい現状だと思いました。
常に死と向かい合わせの中で、精神的におかしくなりそうな中で、最後まで戦い抜いた人々。
みな、家族を本土に残していて本当は帰りたいけど、その家族を守るために死を覚悟して戦い抜いた人々。
今の私にはとても出来る事ではありません。

監督がアメリカ人と言う事で、アメリカよりの映画かと思っていたら、とても日本人の心境などを分かっていてビックリしました。
アメリカ人の捕虜を手当てするシーンがあり、日本人の義理人情を実に上手く演出していました。
そのアメリカ兵は亡くなってしまいましたが、お母さんからの手紙を持っていて、それを英訳して読んだ時に、アメリカ人も日本人も皆同じだと感じるシーンが印象的でした。

そして、逆に日本兵が降伏して捕虜になった時に、アメリカ兵が日本兵の捕虜を、無残にも射殺するシーンがあり、「卑劣なアメリカ人」的な演出に驚きました。
実際にこのような事があったのか分かりませんが、普通ならアメリカを悪くイメージさせるシーンは入れないはず。
なかなかこの監督クリント・イーストウッドはやりますね。

最後は全滅してしまう日本軍ですが、この硫黄島の戦いがあったからこそ、日本は本土空襲を受けるまでの時間が稼げました。
硫黄島がすぐに堕ちていたら、本土空襲はもっと早まり、もっと多くの犠牲者が出ていたでしょう。
悲惨な戦場ですが、日本のために戦ってくれた方々に、本当に敬意を払い黙とうを捧げたいと思います。

硫黄島は日本兵の遺体が回収されないまま、アメリカ軍によってその遺体の上からコンクリートが敷かれ、滑走路が造られたと聞きます。
そして、その滑走路は今も日本の滑走路として使われています。
ようやく国が、この滑走路を解体して、遺骨を収集する予算を組んでいるところのようです。
日本のために犠牲になりながら、遺骨すら収集してあげられないなんて、あまりにも無残です。
一日も早く遺骨収集をしてほしいです。
そして、それは硫黄島に限らず、フィリピンなどの南洋諸島等も同じです。
国は早く本格的な、日本兵の遺骨収集を行ってほしいです。

戦後64年。
私は全く戦争を知らない世代です。
でも、少しでも戦争を知り、真の平和のために、何が出来るのかを考えていかなくてはならないと思います。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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