2009年08月09日

核と平和の関係

今日は長崎原爆の日でした。
64年前の今日、6日の広島原爆に続き、日本は二度目の原爆を投下され、多くの日本国民が犠牲になりました。
今日の式典には今も原爆に苦しむ被爆者を始め、遺族の方々、麻生総理大臣、さらには国連総会議長や核保有国のロシアを含む29ヶ国の駐在大使、約6000人が参列して黙とう。平和への祈りが捧げられました。

広島での平和宣言でもそうですが、長崎の平和宣言でも「核なき世界」への決意を表明した、オバマ米大統領を高く評価しているようです。
確かにアメリカ大統領としては、初めて「核廃絶」を謳った点は評価できるかも知れません。
しかしその前に、原爆を唯一使った核保有国として、唯一原爆の被害を受けた日本の広島・長崎、この8/6と8/9に広島・長崎に来て、原爆の本当の怖さ残酷さを少しでも理解して、まずは亡くなられた方々に祈りを捧げてほしいです。
「核なき世界」を決意するのはそれからでしょう。順序が全く逆です。

ピストルを造って人を殺した殺人犯の孫が、殺された家族への謝罪も無く、「ピストルは危険なので無くしましょう」って世間に胸をはって言ってるようなもんです。
なぜ、日本はもっと強く批判をしないのでしょうか?
まずはアメリカ大統領として、広島・長崎を訪問し、多くの悲しみ・苦しみを千分の一、万分の一でも感じ取る事です。
それをやらずに綺麗事で「核なき世界」を謳っても、単なるうわ言にしか聞えません。

広島市長、長崎市長にしても、評価するだけでなくその辺の苦言もしてほしいですよね。
何で原爆を投下した当事国が、自分のした事を棚に上げて「核なき世界」を言えるのか。
まずは原爆を投下した事の謝罪をした上で、反省の意味を込めて「核なき世界」を発言すべきです。
日本はどこまでバカにされたらいいのでしょうか?
そして、日本国民もどこまでバカにされても気付かないのでしょうか?

世界は核廃絶どころか、核が小型化されいろんな国に行き渡り、「核保有国=発言力のある国」になっています。
だから北朝鮮は必死になって核を開発し、世界に向けてアピールしているのです。
オバマ大統領が本心で「核なき世界」を言うはずがありません。
本気なら、まずアメリカ自身が核を放棄すべきです。
でも、そんな事したらあっという間にアメリカは世界の中で発言権を失います。

広島・長崎でいくら「平和宣言」を言っても、世界は核保有を止めません。
本当に「核なき世界」を実現するのなら、核保有国が一斉に核を放棄するしかないのです。
それがいかに非現実的な事なのか、その厳しい現実を把握する事が先です。
「世界に平和を」「核無き世界を」と祈る事は大切です。しかし祈るだけでは何も変わりません。
日本が唯一の被爆国として、世界でリーダーシップを発揮するためにも、日本は世界にものを言える国にならないといけないのです。
そのためにも、日本が核武装すべきかどうか。という議論をする必要があるのです。

世界の外交のバックには、必ず軍事力と経済力が必要です。
日本が世界からバカにされているのは、軍事力が全く無いからです。
自国の安全保障をアメリカに任せていて、言わばアメリカの飼い犬に過ぎないからです。
そんな国を他の国が相手にする訳がありません。
上辺上は友好を演出し、日本から必要な援助や技術だけもらったら、後は知らん顔するのが殆どです。
特に中国・韓国等は、日本を単なる「貢いでくれる国」としか見ていません。

長崎原爆の日に、ちょっと厳しい内容のつぶやきになりましたが、我々日本国民は、真の平和を求めるためにも、まずは日本が世界にものを言える国にならなくてはいけないのです。
日本は「軍事力を高めたら戦争をする」なんて、そんな迷信のような言葉をいつまでも信じていたら、それこそ日本は骨抜きになり、いずれ国は消滅します。
自分の身は自分で守る。そのためにはトレーニングしたり武道を学んだり、そこにお金をかけるのは当たり前です。
家を守るためには、鍵をつけセキュリティーを強化しようと思えば、当然そこにお金をかけます。

厳しい現実をしっかりと見据えて、その中から平和の道筋をみつけていくのが、本当の意味での平和だと思います。
理想と現実は大きくギャップがあります。それは私たちの日常でも同じです。
だからこそ、厳しい現実の中でも、決して希望を失わず地に足を着けて、一歩一歩歩くのです。
夢物語のようなオバマ大統領の発言よりも、被爆国としての私たち日本国民の方が、真の平和を実現できるのだと思います。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:51 | Comment(2) | TrackBack(0) | 私の思うこと
この記事へのコメント
そうですよね、オバマ氏のすべきことは、米国が一般市民に対して原爆を使用したこと、そのことを一番に口にして謝罪すべきですよね。
でも、核をこの世界からなくすことは、殺人が全くない世界にすることと同じく不可能に近いと思います。
日本では核保有の論議さえも封じられているということがおかしい。でも、なんとか田母神氏の講演が広島で開かれたのはよかったと思います。
原爆の被害を受けたなら、「世界から原爆をなくそう」と言う意見と「我々も抑止力として原爆を持とう」と言う二つの意見があるのが普通ではないでしょうか。そしてそれぞれがよく議論して、平和に対して実効性のあるほうを取ればいいのです。
Posted by 春眠 at 2009年08月11日 14:16
春眠さん、本当にそうだと思います。
どうして皆オバマ大統領の発言を絶賛するのでしょう?
明らかに筋違いだと思います。
日本はどこまでもアメリカの飼い犬になっているのですね。情けないです。
田母神氏の広島講演は、広島市長が日程変更を要求するという、とんでもない事になりましたが、無事開かれて何よりでした。
第二の広島・長崎を生まないためにも、「核保有の議論」をする事が大切です。
議論するだけでも中国や北朝鮮には抑止力になります。
アメリカだって日本への態度を和らげる可能性が高いです。
本当に平和を願うのなら、日本という国が自立した国になる事を考える事が先決です。
Posted by island at 2009年08月11日 23:45
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