2008年06月17日

死刑囚と人権

宮崎勤、この名前を久しぶりにニュースで聞いた。
本日、宮崎勤死刑囚に死刑が執行されたようです。
私は「え!?まだ死刑になってなかったの?」と思ったのが正直な感想です。
事件発生から一体何年経っているのでしょう。もう20年ですよ。
遺族の方々の苦しみや憎しみは、この間もずっと続いていたのです。

死刑制度については賛否両論あるでしょう。
私も死刑が良い方法だとは思いませんが、今、死刑を廃止するのには反対です。
人の命を奪ったのであれば、自分の命を持って償うもの。
古い考えかも知れませんが、そうでなければ被害者遺族の無念は晴れません。
死刑が執行されたからといって無念が晴れるわけではありませんが、気持ちの中でひとつ区切りをつけることができるのではないかと思います。

しかし、今回の宮崎勤死刑囚の死刑執行に関して、国会議員でつくる「死刑廃止を推進する議員連盟」の亀井静香会長が、法務省を訪れ、死刑制度の見直しを求める申し入れ書を提出したそうです。
この亀井静香という国会議員、正直申し上げて私は好きになれません。
自民党にいた頃から、変に態度だけ偉そうで、ボス的存在の議員にくっついていた感がありました。
自民党の悪しき古き体質を、そのまま引き継いでいる方のような気がしていました。

今回、死刑廃止を推進する議員連盟の会長になっていることを知り、ビックリしました。
そんな議員連盟が有る事もビックリでしたけどね。
さらにこの方は、日朝国交正常化推進議員連盟にも名を連ねています。
「一体本当に国の事を考えているのか?」と思ってしまいます。
死刑廃止を訴える前に、もっとやるべき事があるんじゃないですか?
本当に自分の頭で考えて「死刑を廃止した方が良い」と思っているんでしょうか。
単に死刑廃止派の人々の票が欲しいだけのような気がしてなりません。

死刑廃止の訴えの理由が、死刑を執行しても凶悪犯罪は減っていない。死刑は必ずしも凶悪犯罪の抑止力にはなっていない。ということらしいです。
確かに凶悪犯罪は減っていません。しかしだからと言ってそれが死刑廃止の理由には繋がらないと思います。
さらには国家権力によって人の命が消される。とも言いますが、凶悪犯罪を犯した罪人を国家が裁かなくて誰が裁くのでしょうか?

私は「犯罪者にも人権がある」という言葉がどうも好きになれません。
確かに誰にも人権はあります。しかし人権を訴える前に、ちゃんと罪を認め反省し、謝罪をして悔い改めてから人権を訴えるべきです。
人の命を無残にも奪っておいて、反省も無く謝罪も無く、いざ自分の命が奪われるとなった時に人権を訴えるのは、卑怯な手段だと私は思います。
人の命を奪った人間が、国家によって裁かれ死刑になろうとした時に、人権という言葉を使うのは、人権の悪用と言ってもいいのではないでしょうか。

しかし、私自身も死刑制度を好ましく思っているわけではありません。
どんな理由にせよ、人の命が奪われるのは好ましくありません。
だからこそ、凶悪犯罪の起きない世界にする努力を怠ってはいけないのだと思います。
死刑制度を廃止する前に、死刑囚を生み出さない世の中にする方が先です。

この問題は本当に難しい問題です。
難しい問題だからこそ、皆で考え答えを見つけていかなければならないのだと思います。
きれい事で「人権」と言うのではなく、被害者遺族の方々の想いや、秩序を乱した罪の重さを考えて、問題定義していくべきでしょう。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:59 | Comment(4) | TrackBack(0) | 私の思うこと
この記事へのコメント
>私は「え!?まだ死刑になってなかったの?」と思ったのが正直な感想です。
ほんとですね。長すぎますよ。
昨日もテレビである評論家(死刑反対派らしい)が、「何も解明されていない」と言っていましたが、それを言うなら、20年もかけて何も解明されない裁判制度がおかしいでしょう。
遺族の方々は、仰るようにけじめがつけられません。
この事件の被害者は、わが子と同じくらいの年で、その当時、私も強い衝撃と憤りを感じました。
鳩山法務大臣には敬意を表します。
Posted by 春眠 at 2008年06月18日 10:15
春眠さん、本当に長過ぎますよね。

>昨日もテレビである評論家(死刑反対派らしい)が、「何も解明されていない」と言っていましたが、それを言うなら、20年もかけて何も解明されない裁判制度がおかしいでしょう。

全くおっしゃる通りです。
この間、遺族の方々は悲しみと憎しみと、それを抑えようとする自分自身との戦いがあったと思います。
いつも思うのですが、遺族の方々の立場になって考えてほしいと思います。
Posted by island at 2008年06月18日 14:17
20年経っても解明されなかったことが今後、解明されるのか?!ってのが正直な感想です。
死刑反対を唱えられている方々・・・「ご自身の身内が殺された場合もそう言えますか?」って言いたいです。

>私は「犯罪者にも人権がある」という言葉がどうも好きになれません。
私も同感です。
殺された側の人権はどうなるのでしょう?
すでに死んでしまったから、生きてる者の方を尊重するというのでしょうか?

殺された方々は死にたくはなかったはずです。
まだたくさんやりたい事もあったはずです。
それを自分勝手な理由で殺しておいて・・・自分は生きたいですって?!

先日の親子殺害のニュースでも、犯人の少年(←当時)が「生きていたい」って言ったそうですよね。
「おぃおぃ・・・」、って思いました。
人の命を奪っておいて自分が生きていたいはないだろう??

ご遺族にとっては犯人が死刑になっても許されるものではないと思います。
それでも人の命を奪った以上、犯人は自分の命も差し出すべきだと私は思います。
自分も殺した人の無念を感じるべきだと思います。

死刑を反対される方は「自分の身内が殺されたら」って事を考えていただきたいです。
Posted by けろぴ at 2008年06月18日 17:58
けろぴさん、本当にその通りだと思います。
殺された方の人権は?・・・って考えますよね。
誤って殺害してしまったり、自己防衛での場合、または様々な理由に因る怨恨など、何かしらの理由がある場合は加害者側の人権も尊重すべきだと思います。
しかし、さしたる理由もなく、身勝手な自己満足のためだけに殺害した場合は、同様の、いやそれ以上の罰を受けるべきです。
死刑廃止を訴える方々は、本当に自分の事に置き換えて考えてほしいと思います。

難しい問題であり、重いテーマのつぶやきにコメント頂きありがとうございました。
Posted by island at 2008年06月18日 18:30
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