2008年03月16日

ご理解頂けないかも知れませんが

しばらくお休みしていましたm(__)m
ちょっと二泊三日でお出かけしていましたので、つぶやけませんでした。
二泊三日と言っても旅行ではありません。また出張でもありません。
詳しくは後ほど述べるとして・・・・。

すっかり春の陽気になりましたね。
お昼過ぎに帰ってきて、家族で家の前の道を散歩しながら土筆を採って来ました。
オオイヌフグリの青い小さな花に囲まれて、土筆があちこちに顔を出しています。
「わぁ〜い!春が来た〜♪」と背伸びをしているように、小さな土筆が並んでいます。

途中で近所のおばちゃんがすれ違い、手に持っていたブロッコリーを譲ってくれました。
何でも知り合いの農家の方から沢山貰ったらしく、一人では食べ切れないので、誰かに会ったら渡そうと思っていたらしい。
そこに偶然我が家が通りかかったというわけで、とてもラッキーでした(^o^)v
スーパーで売っているようなブロッコリーで無く、物凄く大きく育った立派なブロッコリーでした。
今夜の晩ご飯は、頂いたブロッコリーと土筆で美味しく頂戴しました。

080316-1.jpg
【土筆が沢山出ていました】

080316-2.jpg
【梅もそろそろ終りですね】

さて、最初に書いた二泊三日のお出かけですが、ちょっと心の掃除をしに行ってまいりました。
「心の掃除」と書くと何か怪しげに思われる方もおられるかも知れませんね(笑)
実は私、ある宗教を信仰しております。
「宗教」と聞くだけで「嫌いだ」「ウソ臭い」「鬱陶しい」と感じる方もおられるでしょう。
私自身、ネットで公開する以上、様々な方が見る可能性があり、また様々な宗教の方も見られる可能性があるので、あえてこれまでは伏せていました。

私の信仰している宗教は天理教です。
今回は二泊三日で講習を受けてきたのです。
天理教に対しても、様々な意見があり批判的な方もおられるかも知れません。
しかし宗教は自由であり、私自身が天理教を信仰していることを、こうして書くことも自由だと思います。
ただ、私はこの場で「天理教とは・・・」という話はしたくありません。
あくまでも一人の人間として、私自身の出来事や感じることを書いてきたつもりです。

しかし、私自身の考え方や感じ方、物事に対しての捉え方には、天理教を信仰している事が大きく影響しています。
おそらく天理教を信仰していなかったら、私は傲慢でわがままで身勝手な人間に育っていたでしょう。
私の母が信仰していて、貧しい中でも私たち子供を精一杯育て、常に何事にも感謝する心を、私たち子供に教えてきてくれたからこそ、今こうして生きていられるのだと思います。
「貧しくても家族皆が元気でいてくれるのが一番」
私が幼い頃に、母がよく言っていた言葉です。
幼い頃には感じませんでしたが、家族を持つ父となった今になって、ようやくその心が分かりました。

だからと言って「貧しいのが良い」なんて言っているわけではありませんよ。
私だってそりゃ〜お金欲しいですよ。美味しいもの食べたいし、欲しいもの沢山あるし、いろんな所行ってみたいし・・・(笑)
それを目標・夢として、日々頑張れる心を育んでいくことが大切だと思います。
でも、人間って弱いんですよね。
どうしても思い通りにならないと、落ち込んで心が沈んで、思い通り行かないことを社会のせいにしたり、環境のせいにしたりして、自分を正当化しようとします。
それを繰り返していくことで、他人を嫉み羨み、次第に憎悪の気持ちまで芽生えさせてしまいます。

そうならないために、私は信仰をしています。
最初に「心の掃除」と書きましたが、自分でも気づかない内に、心の中は埃だらけになっているんですね。
私の場合部屋も埃だらけなのですが(笑)
今回の受講で、これまでの心の持ち方、そして生き方を反省することが沢山ありました。
今日から心を入れ替えて、また頑張っていきたいと思います。

私は天理教を信仰しています。
しかし、世界には沢山の宗教があります。
他の宗教を否定する気はありません。また、天理教を否定されることも望みません。
本来、宗教というのは、人間が幸せになるための道しるべだと思います。
それぞれの宗教を信仰し、それぞれが多くの人を幸せに導けば良いのだと思います。
宗教同士で批判し合い、争いを起すことを神様は喜んではくれません。

ちょっと重たい話になってしまいましたね。申し訳ございません。
明日からは、またいつものつぶやきですので、どうぞよろしくお願いします。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:57 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
ああ、そうだったのかと、納得のお話です。
islandさんの考え方(感謝の念がとても強い)、主張の仕方、決して争わない温厚な態度・・・
私の元職場の上司がやはり天理教だったのですが、実に立派な人格者で、昼食やおやつの時間にはいつも人生に付いての深い話をしていました。出会いが大切だとも言っていました。

神道は日本古来の宗教。
葉室頼昭氏の『神道の心』を読んで大変感銘を受けました。キリスト教とかも素晴らしいですが、神道は日本人として肌にあうという感じでした。
ところで、講習は部外者でも受けられるのですか?

仰るように、どの宗教にも共通なのが“感謝”だと思います。感謝を家庭でも、学校教育でも教えて欲しいですね。
Posted by 春眠 at 2008年03月18日 10:19
コメントの内容を読ませて頂いて、とてもとても嬉しくなりました。
どうしても「宗教」と聞くと敬遠されがちで、今まで宗教的な話題はタブーだと思い、あえて伏せていました。
しかし今回「後継者講習会」という講習を受けて、何も隠す必要は無いと感じたのです。
宗教の押し売りはタブーだと思いますが、自分の考え方や感じ方が、天理教を信仰していることがベースになっているということを、何も隠す必要は無いと思ったのです。

天理教に対して悪いイメージを持っている人も必ずいると思います。
しかし、そんな方々が、もし私のつぶやきに共感して頂けたら、それはとても嬉しいことだと思うのです。
天理教への誤解や偏見を、少しでも解いて頂く手助けになれたら・・・と思い、カミングアウトすることにしました(笑)

しかし一番嬉しかったのは、春眠さんが以前、天理教信者と係わり合いがあり、その方がとても立派な信者だったことです。
天理教的には「お道の人」と言うのですが、本当に立派な道を歩まれている方なのでしょうね。
もしその方が人間的に疑問のある方だったら・・・。
天理教の道の教えを踏み外していたなら・・・・。
きっと「天理教ってろくでもない宗教だ!」と思われていた事でしょう。

今回私がカミングアウトした事に、春眠さんが納得して頂けたのは、上司の方がとても立派な「お道の人」だったからです。
そんな素晴らしいお道の人と、春眠さんが出会っていて、今度はネットを通して私と出会って頂けたことが、とてもとても嬉しく思います。
出会いが本当に大切ですね。今回の講習でもステキな出会いがありました。

おっしゃる通り、どの宗教でも「感謝」というのは共通だと思います。
「人を憎みなさい・殺しなさい」等と教える宗教はありませんし、それは宗教ではありません。
日本は学校教育と宗教とは決して交わることは無いと思いますが、せめて宗教的な心を教えられることが出来ないのかと思います。
神に感謝する心・先祖に感謝する心・自然を敬う心・物を大切にする心・お互いに助け合う心。
難しいとは思うのですが、これって人間の基本だと私は思います。

それからご質問頂いた講習ですが、天理教の教えを学べる「天理教基礎講座」というものがあります。
1時間半ほどの講座で、講師の話やビデオなどで天理教の教えを学ぶことができます。
未信者の方向けに設定されている講座で、調べてみたら東京会場というのがありました。
もし、興味があれば下記アドレスを一度覗いてみて下さい。
私は決して入信を促すつもりもありませんし、講座を受講しても入信を進められることはありません。
天理教の教えを御理解頂くための講座で、これからの生活の心の肥しになれば幸いです。

【天理教基礎講座・東京会場】
http://www.tenrikyo-tokyo.com/index.html
【天理教ホームページ】
http://www.tenrikyo.or.jp/ja/top.html
Posted by island at 2008年03月18日 11:00
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