2007年09月10日

犯罪天国ニッポン

突然ですが質問です。
「あなたは死刑廃止に賛成ですか?反対ですか?」

いきなりダークな話題でスミマセン。
最近どうもおかしな犯罪が多すぎて、そしておかしな殺人犯が多すぎて、死刑という刑の必要性を自分なりに考える機会が多いです。

世間でも注目を集めている、山口県光市の母子殺害事件でも、死刑反対の思想で集まった弁護団が、どう考えてもおかしい説明を行っています。
死刑回避のために弁護をしているとしか思えないことで、逆に死刑必要の考えの人が増えているのではないかとさえ思ってしまいます。

光市の母子殺害事件に関しては、同じ弁護士の橋下氏が弁護団を批判し、さらに懲戒請求という方法をテレビで話したことで、場外乱闘になってきています。
本来であればキチッとした形で裁判が行われ、犯した罪に対して対等の罰を受けるべきです。
しかし人の命を奪っていながら、「殺意は無かった」とか「強姦目的ではない」とか、あまりにも被害者の遺族の心情を踏みにじるような弁護に、私も含め多くの人が憤慨したことと思います。

橋下氏がメディアを通して懲戒請求を呼びかけた事は、若干問題もあったかも知れませんが、それだけ多くの人が怒りを感じているという証でもあると思います。
弁護団から業務妨害で訴えられていますが、是非頑張って勝って欲しいと思います。

最初に「あなたは死刑廃止に賛成ですか?反対ですか?」と書いたのは、この光市の事件以外にも、あまりにも身勝手で人の命を何とも感じていない殺人犯が、多いと思うからなのです。
今日もニュースで嫌な殺人犯の答弁内容を見ました。
京都府長岡京市と、神奈川県相模原市で起きた、親族の強盗殺人事件。

犯人の松村被告は「自分の死を望む気持ちがあった。どうせ死ぬなら、恨みのある人を殺してからにしようと思った」と述べて、さらに「人殺しという人生初体験の大事を、極めて冷静に完遂しえた。自分をほめてあげたい」と話したという。
もうね、これ人じゃないでしょ。人の姿をした鬼・悪魔ですよ。
こんな犯罪者でも弁護される権利があるのかと思うと、非常に腹立たしさを感じます。

私自身死刑には反対ではありません。しかし死刑が良いものとも思っていません。
どんな形でも人の命を奪うという行為は、決して良いものでは無いはずです。
しかし人の命を奪っておきながら、自分の命は奪われない。というのはどうでしょうか。
「目には目を歯には歯を」ではないですが、やはり犯した罪の重さ以上の刑罰を受けなくてはいけないと思います。
光市の事件にしても、今回の事件にしても、犯罪者は全く反省をしていません。
そんな人間を弁護して擁護して更生させる必要はあるのでしょうか。

言い方は悪いですが、死刑ということでいわば見せしめにすべきなのだと思います。
「悪い事したら死刑になる」そんな恐ろしいことを、子供の内から身に沁みさせなくてはいけないのではないでしょうか。
かつては闇を恐れて妖怪をイメージし、自然の力に神々の姿を創造し、崇拝と感謝の心を持っていた日本人。
しかし今や何も恐れず、神をも冒涜し、自分が一番になった日本人があちこちにいるのではないでしょうか。
しかし実際には一番になれず、壁にぶつかれば他人のせいにして、自分の非は絶対に認められない。
うまく行かない事を人のせい、世の中のせいにして、心が弱いから暴力や凶器で人を押さえつけ、最悪の場合殺害してしまう。

そんな殺人犯を、今度は人権擁護として弁護して罪を軽くする。
精神鑑定で異常が確認されれば、罪にすらならない。
これじゃ日本は犯罪天国じゃないですか。
罪を犯したらそれ以上の刑罰をうける。そうでないと本当におかしな犯罪者が次々と出てくる気がしてなりません。
本当は日本人が神々を崇拝し、昇るお天道さまに手を合わせ、闇を恐れて謙虚な心を持てば、こんな犯罪なんて起りにくいのだと思います。

不適切な表現もありますが、私の現在感じている思いです。
死刑は良いものではありませんが、これ以上残酷な犯罪者を出さないためにも、今の段階では廃止すべきではないと思います。
皆さんはどう感じますか。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:58 | Comment(3) | TrackBack(0) | 私の思うこと
この記事へのコメント
以前もこの話題の時に、「春眠さんならきっと反応してくれるだろうと思った」と名誉な感想をいただきましたが、今回も反応します(笑)

islandさんの仰ることにまったく異論はありません。
死刑判決が出た場合、法務大臣は執行の判をすぐ押すべきです。そして全体に刑が軽すぎますよね。正当防衛以外、一人の殺人でも死刑になるべきだと考えます。
呉智英という評論家が「法務大臣が死刑を躊躇するなら、仇討ちを復活すべきだ」と言っていますが、人間の報復感情、また犯罪の抑止力と言う点からも死刑の範囲拡大と厳罰化は是非政治家に取り組んで欲しい課題です。
Posted by 春眠 at 2007年09月11日 08:12
死刑ね...難しいね
自分の身内が殺された場合はどう思うのだろう?
で、死刑になる場合は一瞬では死んでほしく無いかも?
苦しんで苦しんで死んでいったんだぞ!!!って
その犯人にも分からせるよに
苦しみを経験させる方がいいかな?

これってこわい考え??
Posted by Anne at 2007年09月11日 23:40
春眠さん、今回もコメントありがとうございます。
若いころはこんな事真剣に考えたりしなかったのですが、家族をもって子供を授かると、いろんな事を考えるようになってきました。
「もし自分の家族が被害者になったら」「逆に加害者になったら」と考えると、いろいろと考えさせられます。
誰だって愛する家族が犠牲者になれば、加害者に極刑を望むだろうし、当然報復感情があって当たり前です。
光市の被害者遺族の「法が裁けずに犯人が出てくるようであれば私が犯人を殺します」と言った言葉は、人間として普通の感情であり当然の気持ちだと思います。
しかし死刑反対を唱える人の中には、この発言を「報復の念で極めて危険な発言」等と批判する人もいます。
被害者遺族はそんな気持ちを口にすることすら許されないのかって思いますよね。
犯罪者への罪はもっと重くするべきですね。本当に罪が軽過ぎると思います。

Anneさん、難しい問にお答え頂きありがとうございます。
自分の身内が被害者になったら、誰だってそう考えると思いますよ。
「同じ苦しみをお前も味わえ!」って思う事でしょう。それは人間として普通の感情だと思います。
「罪を憎んで人を憎まず」って言葉がありますが、それは罪を犯した人間が大いに反省し、償いをちゃんとした場合に使う言葉だと私は思います。
何の反省もしない犯罪者に「憎むな」って言われても、誰も納得はできませんよ。
反省して反省して、償って償って、それで初めて被害者の遺族も暗闇の中に1点の光りを見いだす事ができるのだと思います。
反省も償いもしない犯罪者には報復と言う名の死刑が必要なのだと思います。
Posted by island at 2007年09月12日 09:41
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