2006年05月19日

子供たちが危ない

またも幼い子供の命が犠牲になってしまいました。
秋田で起きた小学一年生男児行方不明事件。
無事であって欲しいと願う気持ちも虚しく、遺体となって発見されました。

当初の報道を聞いた時は事故のようなニュアンスでしたが、後ほど殺害され遺棄されたと解りました。
「またか、どうして・・・・」そんな気持ちが真っ先に出てきました。
このところ続いている子供を狙った犯罪。正直他人事ではありません。
私の息子もちょうど同じ歳の小学一年生です。
このつぶやきでも、何度もこの話題にふれていますが、あまりにも子供たちが可愛そうです。

子供たちにとって、自分の家の周りや学校の周りというのは、本当に生活の場で遊びの場です。
今回犠牲になってしまった子供も、友達と公園で遊ぶ約束をしていました。
そんな光景は日本中、どこでも見ることができます。私の家の周りでも、息子と同じ年代の子供たちが、公園や家の周辺を元気よく走り回っています。

こんな事件が後を絶たないと、子供たちを家の周りや公園で遊ばすのはとても危険なことになってしまいます。
正直私も子供を一人で外に出したくありません。
私の住む町ではそんな危険人物はいないと信じたいですが、正直それは解りません。
近くの公園に行くにしても、家の近くでザリガニ探しをするにしても、極力一緒に行動するように心がけています。

でも、本当は子供たちだけでのびのびと遊べる環境がベストです。
私も子供の頃は、子供たちだけで遊び回っていました。
小さな町だったこともあり、会う人全てが知っている人で、まさしく町全体が自分の庭のような感じでした。
今の子供たちにとっても、町内で遊ぶことは気持ち的には「自分の庭」感覚だと思います。
一つ言えることは、そこを通る人たちが知らない人だと言うことです。

やはり地域ネットワークが崩れ去ってしまっていることが、一番の要因でしょうか。
そしてこのような犯罪者を作り出してしまった社会。さらには犯罪者の人権を尊重しすぎる風潮が大きいと私は思っています。
個人の自由というものが、とても尊重された時代があったと記憶しています。
現在でも個人の自由は尊重されています。しかし自由には責任が伴います。
自由が尊重され始めた時、自由に伴う責任が置き去りにされ、単に自由を求める人が増えた気がします。

自分がどう生きようがそれは個人の自由です。
しかし自由に生きて行く中で、他人に迷惑をかけた場合、それは責任を負わなくてはいけません。
ましてや人の命を奪った場合、不慮の事故や正当防衛は別として、同等もしくはそれ以上の罰を受けなくてはいけません。
最近の事件の刑罰は軽過ぎると私は思います。自分が犯した罪が、そのまま自分の身に降りかかってくる恐ろしさを見せつけるくらいでないと、犯罪の抑止力になりません。
多少粗っぽい言い方になりましたが、今の世の中、真面目な庶民に厳しく犯罪者に甘いです。

犠牲になってしまった男児のご家族の胸の内を察すると、本当に痛ましくてなりません。
心よりご冥福をお祈り致します。そして一日も早い犯人検挙を願います。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:30 | Comment(3) | TrackBack(0) | 私の思うこと
この記事へのコメント
私もこのような痛ましい事件が起こると、しばらく落ち込んでしまいます。

>同等もしくはそれ以上の罰を受けなくてはいけません
仰るとおりです。やったこと以上の罰が必要だと思います。何故なら、被害者だけの苦しみにとどまらず、近親者には深い一生癒されない悲しみを残し、社会的にも大きな不安や悲しみを与えるからです。

最近やっと、栃木リンチ殺人事件のショックから立ち直ったところでした。あれも、被害者の青年と残されて一人で法廷で戦った父親が気の毒でなりませんでした。山口県光市の母子殺害事件の問題もありましたね。

日本中から、世界中から、真面目に生活を営んでいる人々が不条理な事件で苦しむこと悲しむことのないように、心から祈っています。
Posted by 春眠 at 2006年05月20日 10:37
追伸
刑罰を重くしてくれるよう、心ある議員や与党に電話を入れるようにしています。
Posted by 春眠 at 2006年05月20日 10:43
春眠さん、本当に辛い事件です。
この手の事件が起きるたびに、深い悲しみと犯人へ対する激しい怒りが交錯します。
やはり現代社会は病んでいるのだと思います。
生きる喜びを、自分と言う存在を、感じることが出来ない人が、あまりにも多いのではないでしょうか。
ただ快楽を求め、そのことに生き甲斐を感じ、歯止めが効かなくなり、殺人への道へ突き進んでいる気がします。
そこで抑止力となるのが、「罪を犯したらその罪を償うための罰を受けなくてはならない」ということです。
しかし、最近の犯罪者の人権を尊重する傾向が、その抑止力を消し去っているようにも思います。
この手の事件の犯人の共通点は、世間を騒がせたいと思っていることです。
テレビで事件が扱われ、社会が動揺すればするほど、「自分が凄いことをやった」と勘違いして酔いしれいているのではないでしょうか。
乱暴な表現ですが、この手の犯罪者はさらし者にすべきだと思います。
テレビに堂々と顔を出させ、一般公開して世間から罵声を浴びせさせるべきです。辱めを受けさせるのです。
そしてその様子を報道すれば、「あんな風にはなりたくない」と思われるはずです。
かなり極端な話ですが、それくらいの気持ちで取り組まなくては、この手の事件は減るどころか増える一方だと思います。
私も自分の出来る範囲のことでも、何かやっていきたいと思います。
Posted by island at 2006年05月21日 08:43
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