2018年10月22日

動物愛護の精神は大事ですが

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以前、ニュースで見かけた記事。

私の故郷の奄美大島で問題となっている事。
それが「ノネコ」問題らしい。
ノネコとは、元々飼い猫だったのが、捨てられて野良猫となり、野良猫同士で交配が続き、野生化した猫。

ペットとして飼われている家猫。
捨てられて民家の周辺で生きている野良猫。
さらに山に入り、完全に野生化したノネコが存在する。

ノネコの存在だけが問題なのではなく、ノネコの存在で生態系が崩れてしまうことが問題。
特に危惧されているのが、天然記念物であるアマミノクロウサギの被害。
ノネコがアマミノクロウサギを食べてしまうのです。

ただでさえ、マングースの被害によって、アマミノクロウサギは危機に晒されてきた。
そこに加えて、ノネコが現れたのだから、下手するとアマミノクロウサギは絶滅に追いやられるかも知れない。

簡単なのは、駆除する事。
罠などを仕掛けて、捕獲するのが一番手っ取り早い。

しかし、これに反対する声もある。
動物愛護団体などからは、駆除ではなく、ノネコに去勢手術をして数を減らすことを希望する声もある。
だが、そんな事をしている内にも、アマミノクロウサギは危機に晒されている。

元々は、人間が飼っていた猫を捨てたのが始まり。
「猫が可愛そうだ」という気持ちもわかります。
しかし、奄美の生態系を壊してしまってからでは、取り返しがつきません。
私は一斉に駆除すべきだと思います。

動物愛護の精神は大事だと思いますが、時々「それは違うのでは?」と思う主張がある。
最も「おかしいだろ」って思うのがクジラ。
「クジラは賢い生き物で、獲って食べるのは可愛そう」それが欧米などのクジラを食べない人種の言い分。

じゃぁ牛や豚は可哀想じゃないのか?
同じ哺乳類でありながら、一方はガンガンに食肉として食べられ、一方は保護されまくる。
駆除の問題にしても、ネズミなどの駆除には、全く異を唱えない。
同じ哺乳類であり、同じ動物なんですけどね。

ネズミは良いけど、猫は駄目って、それって単なる人間にとって、可愛いかそうでないかの差ですよね。
完全に動物差別だと思います。

動物愛護って、必要以上の動物を殺さないという考えではないのか?
ただ単に動物を可愛がりましょうでは、生態系がおかしくなります。
ペットに対する虐待阻止や、希少価値の動物を守る意味合いが、本来の動物愛護だと思うのですが。

どうしても「木を見て森を見ず」のような気がします。
「猫は可愛いから駆除するのは可哀想」その気持ちだけで、全体が見えていない。
それじゃその猫に食われるアマミノクロウサギはどうでも良いのか?

ノネコの処分が可哀想だと言うのなら、そのノネコを引き取ってくれる団体などを探すのも、動物愛護の精神ではないのだろうか。
闇雲に反対だけでは、物事は進んで行きません。
なんでもそうですが、物事に反対するのは簡単です。ただ反対ではなく、打開策や改善策など、提案も含めた反対でなくてはならない。

動物は可愛い存在でありながら、私たち人間にとっては大事な食材でもある。
また皮製品などの衣料にも使われる。
大切なことは、そんな動物に感謝の気持ちを持ち、無駄に動物を殺傷しないことだと思う。

私も動物は大好きです。
でも、肉も好んで食べます。魚も大好きです。
そしてクジラも美味しいので、本当に食べたい。

犬も猫も大好きです。
でも、今の生活では、責任を持って飼えないので、大好きだけど飼いません。
人間と動物の関係性を、もっとよく考える必要があると思います。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:48 | Comment(0) | 私の思うこと
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