2018年07月08日

宗教はなんのためにあるのか

180708.jpg

今の若い人は「オウム真理教」って知らないのでしょうね。
1995年の事件だもんなぁ〜。
まさか日本でこんな事件が起きるなんて、誰も想像していませんでした。

完全に国家転覆を狙ったテロ事件。
それを新興宗教団体が行ったのですから、本当にビックリの事件でした。
ただ、オウム真理教は、以前から怪しまれていましたからね。

その教祖である麻原彰晃こと松本智津夫の死刑が執行された。
長かったですね。逮捕から23年です。
オウム真理教によって、人生を変えられてしまった人や、被害者の遺族にとっては長すぎた23年。
しかし、事件の真相を全く語らなかったことから、結局は何もわからないままとなった。

懸念されているのが、オウムの後にその理念を引き継いだ団体。
死刑執行されたことで、神格化がさらに強くなるのでは?と言われている。
特にアレフと呼ばれる団体は、オウム真理教の教えをそのまま引き継いでいる。
未だにこんな宗教に惹かれる若者がいるのが不思議でならない。

日本は信仰の自由が認められていて、どんな宗教を信仰していても、それを止めることはできない。
しかし、テロ事件を起こし、多くの犠牲者を出した宗教が、今も生き続けているのはやはり恐怖です。
なんとかならないのでしょうかね。

昔から、八百万の神様がいると言われる日本。
どんなところにも、どんな場面でも、神様の存在を感じてきた日本人。
だからこそ神様も仏様も、そして違う宗教も受け入れてきた。

しかし、オウム真理教のように、宗教と言えない団体が、これからも出てくるかも知れない。
現にオウム真理教の教えのまま、名前だけ変えて活動をしている。
なんとかこのような団体を、解散させて二度と活動できないような方法はないのだろうか?
もはや信仰の自由などと言えない団体。
これを野放しにしておいてはいけない。

公安も目をつけて監視していると思うけど、やはり怖いですよね。
信仰は素晴らしいことだけど、道を誤るととんでもない存在へと化ける。
人々の幸せを祈っていたはずが、いつのまにか自分の幸せを祈る。
そして自分たちの邪魔になる存在は、消し去るという発想に至る。

迷惑なのは、真剣に信仰をしている他宗教。
私も信仰をしているが、宗教そのものが同じように見られるのは困りもの。
ただ、オウム真理教の過ちは、どの宗教でも有りうると危機感を持たなくてはならないと思う。

宗教とは何か?
自分の幸せを祈るのではなく、みんなの幸せを祈る。
それができなくなると、オウム真理教の二の舞になりかねない。

神や仏の存在を忘れ、人間そのものが、神の存在を目指す。
そうならないように、日々の信仰の中で、自分たちを見つめ直すことが大事だと思う。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:53 | Comment(0) | 私の思うこと
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。