2017年02月01日

宗教について考える

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今日はちょっと真面目なつぶやきを。
いえ、決して毎日ふざけてつぶやいているわけではございませんが(笑)

突然ですが、あなたは何か信仰をされていますか?
日本は宗教の自由があり、様々な宗教が入り混じっています。
仏教もあれば、キリスト教もある。そして神社を代表する神道。

中には昔のオウム真理教みたいな、怪しげな宗教も存在する。
あれだけの事件を起こしながら、未だにそこに惹かれる者がいることが、私には不思議でなりません。
宗教って、何も特別なことではなく、日常生活の中で心の支えになるものだと、私は思っています。
私も天理教の信者であるのですが、日頃生活の中で、それを特別に意識したことはありません。

ただ、自分の身の回りで起こることに、常に感謝したいと思って生活している。
自分の身に起こることは、自分自身の行いや、心の持ち方で起きること。
辛いことも嬉しいことも、ちゃんと受け止めて、それを自分なりに消化して次に進みたい。
その消化を助けてくれるのが、本来の宗教の教えだと思う。

ただただ「助けてください」「幸せにしてください」と、祈るのが宗教ではない。
逆に自分の人生を犠牲にして、人類のために我が身を捧げるのも宗教ではない。
古代宗教の創世記なら別だが、現代において、そんな宗教はあり得ない。
あくまでも私の主観なので、違うと感じる方もいるでしょう。

私は宗教は人の成長を助けるものだと思っている。
人生の中で、人は何度もつまずく。
辛い思いをして、涙を流す日もある。

そんな時に「助けてください」と、神様・仏様にお願いして、突然何かが解決するわけはない。
ミラクルな奇跡が起きるのが宗教ではない。
極端に言えば、何も起こらない。
変化が起きるのは、むしろ自分自身。

自分を取り巻く環境が変わらなくても、自分が変われば世界が変わる。
今まで悩んでいたことが、心の持ち方を変えるだけで、希望の光が見えて来る。
その考え方の教えこそが宗教だと思います。
神様が変えてくれるのではなく、自身が神様を信じ、変わることで成長できる。

日本はもともと、八百万の神が存在するほど、神様の存在を身近に感じていた民族だと思います。
山の神、海の神、そして生活空間の至る所に神様が存在する。
終いにはトイレにも神様がいらっしゃるのです。

日常生活の中で、常に神様に感謝してきたのが日本人だと思う。
常日頃から感謝し、何か起きれば神様と向かい合い、自分自身を変えていく。
そうやって成長してきたのが日本人だと思うのです。

世界を見れば、他宗教を認めずに、争いが繰り広げられています。
同じ宗教の中でも、宗派の違いで殺しあったりしています。
なぜ違いを認め合い、互いを尊重できないのでしょう?
日本はこれほど、様々な宗教が入り乱れているけど、何も起きません。

やはりベースに八百万の神々の存在があるからでしょうね。
違いを認め合い、尊重しあい、協調して生きてきた。
そこに仏教が入り、キリスト教が入ってきても、協調して生きてきた。
神道がベースにあり、そこに仏教を始めとした、様々な宗教が混じってきた。

日本人は日頃は神社に行かなくても、初詣や七五三などの行事には神社を参拝する。
お彼岸やお盆になれば、お墓参りに行き、お寺にも手を合わす。
そこには◯◯教という意識はない。

本来、宗教は人の成長を助けるもの。
自分たちが信仰する宗教だけが正しいと主張するのは、人間の驕りだと思う。
他の存在を認めないことは、自分たちの存在も認めないことになる。
宗教ってそんなに特別なことではない。

日々の暮らしに感謝し、生かされていることに感謝し、互いに助け合って生きる。
それが宗教の根本だと思います。

長々とぶつやいてしまいました。
あくまでも、私の宗教に対する考えです。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:25 | Comment(0) | 私の思うこと
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