2016年07月27日

痛ましい事件が起きるたびに感じること

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相模原の障害者施設で起きた残虐な事件。
19名もの命を奪ったのは元職員。

事件発生後は、動機がわからなかったけど、元職員ということで、なんらかの恨みがあったのだろうと思いました。
しかし、19名もの命を奪っていること、そして犯人の異常な精神状態が明るみに出てくると、これは単なる恨みなどではないことが見えてきました。

衆議院議長に宛てたとされる手紙。
あまりにも内容がおかしすぎる。
それゆえに精神病院に送られ、入院を余儀なくさせられるわけですが、結局すぐに退院している。
なんとかここで食い止めることができていれば、今回の惨劇は起きなかった。

この犯人は本当に精神が病んでいるのか?
本当に病んでいたとしたら、ここまで綿密に事件を起こせるのでしょうか?
私にはどうしても、精神が病んだフリをしているように思える。

もし精神鑑定で精神に異常を認められ、この事件の罪を問えないとしたら、一体どこに罪を問えば良いのでしょう。
犠牲になられた方々の無念はどこに向かえばよいのでしょう。
そして残された遺族の方々の気持ちは・・・。

今回の事件。
私は通り魔事件と同じではないかと感じています。
8年前に起きた秋葉原通り魔事件。
犯人の加藤智大は、人生に敗北感を持ち、破れかぶれになり自分の人生を終わらせる目的で、通り魔事件を起こした。

「誰でも良かった」通り魔事件でよく耳にする犯人の言葉です。
今回の事件も、誰か特定の人を狙ったのではなく、障害者であれば誰でも良かったのでしょう。
本来は私たちの手で、守るべき存在の人々を、容赦なく殺害をした犯人。
最も卑劣な犯行です。

世界中で銃乱射などの悲惨な事件が起きている。
テロによるものもあるが、中には破れかぶれになり、自暴自棄の犯行もある。
今回の事件も同様だと思う。

人生で転んだ時。
大きな壁にぶち当たった時。
そこでもがき苦しみ、傷つき涙を流し、敗北感を味わう。

しかし、苦しみ傷ついたことで、人の気持ちを知り、心の温かさを学ぶ。
そこから這い上がってくるから、より人として成長し、強い人間になれる。
強い人間は他人の心の痛みを知っています。
それが人生だし、そうやって頑張ってきた人同士が助け合うのが社会です。

壁にぶち当たった時、人生で転んで穴に落ちてしまった時。
そこでもがき苦しむことをせず、自分がそうなったことを、他人のせいにしたり、社会のせいにする。
それが積もり重なっていくと、犯罪者となってしまうのだろうと思います。

心の強い人間を育てる教育が必要です。
いくら勉強ができても、知識があっても、心が弱くてはダメです。
転んだら立ち上がる。
壁にぶつかったら、壁をよじ登る。
穴に落ちたら、穴から這い上がる。

決して諦めない心を育んでいくことが大事です。
今回の事件に限らず、惨殺な事件を起こす犯人像には、心の弱さが透けて見える。
心が弱いと自覚できる人は良い。それができないから、強がって見せる。
そしてどんどんギャップが開いていく。
自分でもコントロールできなくなるのではないでしょうか。

あくまでも私の感じたことです。
誰もが生まれた時から犯罪者ではありません。
犯罪者として生まれてくる人などいない。

全ては家庭教育、そして学校教育などの環境が人を育てていく。
犯罪者が育たない教育環境が必要だと思います。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:47 | Comment(0) | 私の思うこと
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