2015年08月06日

現実を見て平和への祈りを

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【写真は産経ニュースWeb版から】

広島原爆投下から70年の今日。
広島では平和への祈りがささげられました。
原爆の恐ろしさ、核兵器の怖さというのを、改めて感じた一日となりました。
二度と同じ過ちを繰り返してはならない。
しかし、それは日本だけが平和を願うだけでは叶わぬことです。

連日、マスコミが取り上げる安保法案。
いつの間にか安保法案から戦争法案と言われ、この法案が通ったら戦争が始まるような印象を受けます。
それを間に受けた人は「戦争は嫌だ」「戦争をしてはいけない」と真剣に考えていることでしょう。
そして「徴兵制で自分の家族が戦場へ行く」と、真剣に心配しているのかも知れません。

これまでも、なんどもこのブログで同じようなことをつぶやいています。
なんですぐに戦争になると考えるのでしょうか?
憲法9条があれば戦争は起きないのでしょうか?
これまで日本が攻め込まれなかったのは、アメリカの核の傘に守られていたからです。
そのアメリカの核に守られながら、ヒロシマから核なき世界を訴える矛盾。

武力を放棄して憲法9条を守れば、戦争にならない。
確かにそうかも知れませんね。
戦争と言うのは、武力と武力で国が戦闘を行うことです。
日本が戦わずに、攻めてくる国に無抵抗でいれば、戦争は起きません。
しかし、それは日本という国が消滅することと同じです。

憲法9条のおかげで、日本はずっと平和を保ってきた。
そのような意味合いの言葉をよく聞きます。
しかし、日本は本当に平和だったのでしょうか?
確かに近隣諸国との衝突はありませんでした。

だが、北方領土は不当に奪われたまま。
竹島も不当に占拠されたまま。
尖閣諸島を狙われ、沖縄本土すら狙われている。
そして赤珊瑚を根こそぎ奪われた。

何よりも、多くの日本人を北朝鮮に拉致されたまま、いまだに取り返せないでいる。
事もあろうに、犯罪を犯した北朝鮮が、拉致を外交カードに使い、日本から金を引き出そうとしている。
こんな状態の国が平和と言えるのだろうか?
領土を奪われ、領海を侵され、さらには何の罪もない国民を奪われた。

ここまで我がもの顔をされるのは何故か?
日本が武力行使をできないから。
戦えない自衛隊であることをわかっているからです。

自分たちの生活だけ見れば、平和な生活かも知れません。
でも、家族を引き裂かれた拉致被害者家族。
そして、故郷を奪われた、北方領土の住民。
竹島の漁場を奪われた、隠岐の島の漁民。
尖閣諸島の漁場を奪われた、石垣島の漁民。
赤珊瑚を乱獲されて、漁場を失った小笠原諸島の漁民。

少なくとも、同じ日本人として、とても平和とは言えないのではないでしょうか?
日本が世界の国と同じように、普通に軍隊を持ち、交戦権を維持していたら、ここまで好き勝手にはやられていない。
日本が憲法9条の下、武力を有していても、何もできないことがわかっているからこそ、中国も韓国も、北朝鮮もロシアも、好き放題やってきたのです。

それを少しでも防ぐためにも、安保法案が必要なのです。
安保法案が通っても、日本が交戦権を持つわけではないので、さほど状況は変わらない。
しかし、わずかでも一歩を踏み出したことで、相手には抑止力になる。
それが本当の平和だと思う。

過去の戦争を振り返り、戦争は怖い、戦争は残酷だから戦争は嫌だ。
それだけでは平和にはなりません。
なぜ戦争に向かったのか?戦争にならないために、今何をすべきか?
考えることが大事だと思います。

思考回路を停止して、闇雲に「戦争は嫌だ」と思うのは、かえって危険だと思います。
現状を見て、今何をすべきなのかを考える。
いくら私たちが戦いは嫌だと思っていても、相手が攻めて来たら対策をしないといけません。
誰だって戦争は嫌だし、戦争はしたくない。
だからこそ、しっかりと現状を見て考えることが大事。
それが「二度と過ちを繰り返さない」ことだと思う。

平和への祈り。
それは日本人みな同じです。
平和とはなんなのか?それをしっかりと考えていきましょう。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:56 | Comment(0) | 私の思うこと
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