2014年09月19日

鹿児島県民だけど奄美人

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イギリス分裂は何とか避けられたようですね。
スコットランド独立を問う住民投票は、反対派が過半数を占めて終わりました。
結局元に戻ったのですが、少なくとも住民投票前とは違った環境になった事でしょう。
これからイギリス政府は、スコットランドや北アイルランド、ウェールズに対して、気を使った政権運営を行う事になるのでしょうね。

今回の独立騒動。
スコットランドの気持ちは解らないでもない。
きっと彼らは「イギリス人」ではなく「スコットランド人」という意識が強いのでしょう。
私達日本人で言えば、日本人である前に、自分の出身地の人間という意識なのかも知れません。

東京なら江戸っ子。
北海道なら道産子。
関西なら関西人。
そんな意識と似たようなものかも知れません。

規模が小さくなりますが、私もスコットランド人と似た感覚を持っています。
私の故郷は奄美大島。
高校まで奄美で生まれ育っていますので、奄美に対する誇りや郷土愛があります。
奄美大島は鹿児島と沖縄の中間に位置しますが、沖縄の手前の与論島まで鹿児島県です。

しかし、私の(おそらく島人のほとんどが)感覚では鹿児島県民という意識がありません。
だから「出身は?」と聞かれると鹿児島では無く「奄美大島」と答える。
奈良県民なら出身を聞かれて「十津川」と答えているようなもの。
奄美大島がどこにあるのか知らない人からしたら、「え?どこの人なの?」って感じでしょうね(笑)

同じ鹿児島県でありながら、奄美の人は鹿児島本土を毛嫌いします。
それは昔、薩摩藩によって、厳しい生活を余儀なくされた事からくるものだと思います。
薩摩藩に支配される前は、琉球王国の一部だったようですが、琉球王国にも歯向かっていた。
つまりは奄美は奄美として、独立した意識があったのだと思います。

薩摩藩に支配され、苦しい生活を送った先人の強い想いが、そのまま島の人々に残ったのでしょう。
私達の世代はそうでもありませんが、昔の人は鹿児島本土を毛嫌いしていました。
また、言葉が全く通じないのも、毛嫌いする要因だと思います。
これは、私も感じた事です。

学校の先生や、警察官など、公の職の人は、鹿児島本土から奄美に赴任して来る人が多い。
その人達が話す言葉は鹿児島弁。
一方の私達は奄美の島口(方言)。
全く異国の会話のようになります(笑)

お互い標準語で話しているつもりですが、何せなまりは取れません。
鹿児島弁のアクセントや言い回しが、とても上から目線に感じて、学生時代は鹿児島弁を話す先生を毛嫌いしていました(笑)
バイクに乗っていた友人などは、よく警察官に止められると、島口(方言)で口げんかしていました(^^;)

同じ県民ではあるけれど、決して奄美の人は「鹿児島」という意識はありません。
この辺はスコットランドと似ているのかも知れない。
イギリスと言う国に属してはいるけれど、私達はイギリス人では無くスコットランド人。
私達も鹿児島県に属してはいるけれど、鹿児島県民では無く奄美人。
そんな意識があります。

だから、時々「鹿児島名産」として、奄美の鶏飯(けいはん)や黒豚、大島紬などが紹介されると、「鹿児島名産じゃない奄美名産だ」と思わずツッコミを入れます。
私にとっての故郷は鹿児島では無く奄美大島なのです。
さらに細かく言えば、奄美大島の名瀬であり、その名瀬の中の大熊になる(笑)

何も奄美だけに限った事じゃないでしょうね。
きっと他にも「○○県だけど気持ちは違う」という場所があると思います。
特に離島の場合はそれが強い。
また、県境であれば、隣の県の習慣や風習が色濃く残っている所もあるでしょうね。

しかし、それが全てまとまって日本を形成しているのが、イギリスとは違うところだと思います。
それぞれの故郷への想い、誇り、郷土愛は、とても強い。
でも一つにまとまるのが、日本の強さであり良さであると思います。

最後に、鹿児島本土の事を毛嫌いしていると書きましたが、本気で嫌っている訳ではありません。
鹿児島本土の方、誤解されませんように(笑)
故郷奄美への郷土愛から来る、ちょっとしたワガママだと思って下さい(^^;)
なんだかんだ言っても鹿児島県である事に変わりはありませんからね。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:24 | Comment(4) | 日記
この記事へのコメント
奄美にとっての鹿児島ほど
複雑な思いはないのではないでしょうか。
薩摩藩には相当残酷な事をされた、と言う話も聞いたことがあります。
被害を与えた側は「そんな昔の事、、」と思っていても
被害を受けた側はいつまでも思いが残るものだと思います。
元は違う国だ、とは思いつつも
その形でスコットランドは300年ですか、
それだけの月日が流れてしまうと
その間に培ったいろいろなものが増えてしまうので
新たな変化を受け入れる事も容易ではないと思います。

国境も、県境も実際に地面にはない線なのですが
人の世界は複雑ですね。
Posted by えかきさる at 2014年09月20日 08:57
えかきさるさん、おっしゃる通り、奄美の先人達は薩摩藩によって、かなり過酷な暮らしを強いられたようです。
その恨みにも似た感情が、鹿児島本土を毛嫌いしているのでしょうね。
でも、奄美の名産である鶏飯は、鹿児島本土から来る役人をもてなすために考案された料理です。
また島唄も、苦しい生活の中で、唄う事で気持ちを和らげたと言われています。
薩摩藩に支配されたから、そこから生まれたものが、今の奄美の代名詞になっているものが多いのも事実です。
国境も県境も実際の線はありませんが、どこかで線を引かないといけないのでしょうね。
郷土愛は大切ですが、それを超えて一つになる事も大事なのかも知れません。
スコットランドも「元は自分たちの国」という誇りを持ちながら、イギリスとしてまとまる道を選んだ事になりますね。
大事なのは、郷土愛を持ちながら、より平和で豊かな道を模索することかも。
Posted by island(ふくはらしゅんじ) at 2014年09月20日 09:15
スコットランド独立残念だ歴史を紐解けば、個々の培った文化と長い歴史があると思う、北の大地は、和人が開拓して、今があるが、もともとは、違う文化が在って、今に至っている、
昔は、東北地方に、存在して、文化を形成していた、その文化と、奄美の文化が、非常に似通っている。と考える、もう少し古い文化の歴史を、調べる必要があると思う。
Posted by kitanojiji at 2014年09月20日 21:29
kitanojijiさん、こちらではご無沙汰です(笑)
北の大地はアイヌ文化がありましたが、開拓によって今の北海道になっていますね。
そこに至るまでは、おそらく様々な事があったと思います。
いろんな歴史を調べる必要はありますね。
東北地方と奄美の文化、よく似ていると言われます。
言葉も青森は私の事を「わ」あなたを「な」。
奄美では私を「わん」あなたを「なん」。
どこかに共通の歴史があるのかも知れませんね。
Posted by island(ふくはらしゅんじ) at 2014年09月20日 22:55
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