2018年09月15日

パワハラ・セクハラの定義

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今、体操協会がパワハラで揺れています。
これまでにも、様々なスポーツでパワハラが騒がれてきました。
本当に許せないことであれば、パワハラで訴えても良いと思います。
それはセクハラについても同じ。

ただ、何でもかんでもパワハラ・セクハラになっている気がするのは、私だけでしょうか?
本当に許せない行動や言動なら、パワハラ・セクハラで訴えて良い。
しかし、単に「自分が嫌な思いをした」程度のことで、パワハラ・セクハラで騒ぐ人が増えている気もする。

人間社会では、必ずストレスになることがある。
そのストレスは、人によって異なる。
同じことでも、それをストレスと感じる人と、感じない人がいる。
「それくらいの事」と思っていても、別の人はその事で、深く考え込んでしまう。

人によってパワハラ・セクハラと感じる場合と、そうでない人といると思います。
また、これは逆の場合も同じで、同じ言葉をかけられたとしても、笑って許せる人と、不快に感じる人がいる。
要はその人のことを、自分がどう思っているかで、同じ言葉でもパワハラやセクハラと感じてしまう。

特にセクハラの場合は、それが如実に出るのではないだろうか。
ある人は、笑ってスルー出来ても、ある人は笑えない。
つまりは人間関係がうまくいっているか否かで、パワハラ・セクハラが出てくる。
人間関係がうまくいっていれば、少々のことは笑って許せるし、信頼関係があれば厳しい言葉も、愛のムチだと受け入れられる。

スポーツ関係では、どうしても上下関係ができる。
監督やコーチと選手では、上下関係が生まれてくる。
その時、監督やコーチを選手がどれだけ信頼しているかで、変わってくるのでしょう。
逆に言えば、監督やコーチが、いかに信頼される存在になれるか。ってことになる。

きっと多くのスポーツ関係者が、今この事で頭を抱えていると思う。
厳しく指導したいけど、それがパワハラと受け取られかねない。
スポーツ関係だけではない、企業などでも同じ。
新人を育てようと、厳しい言葉をかけたら「パワハラ」と受け取られる。
場を和ませようと、ちょっと冗談で下ネタ話をしたら、セクハラと受け取られる。

こうなると、相手に気を使って接しなければならなくなる。
多少の気遣いは大事。しかしあまりにも過剰な気遣いになる。
そうなれば、人間関係など築けない。

何かあれば、すぐに「パワハラだ」「セクハラだ」と騒ぐ世の中。
騒ぎすぎだと思うのですが。
本当に深刻なパワハラやセクハラは、きっと他にある。
本当に傷ついて、悩んでいる人は、訴えることが出来ないでいる。

もう少し冷静に、この問題を考えて欲しいですね。
単なるマスコミのネタ的に扱われている気がしてなりません。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 19:53 | Comment(0) | 私の思うこと