2016年06月12日

働くということ

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どこまでも続きますね。
舛添東京都知事の疑惑問題。
本当に呆れてしまって、見ているこっちが恥ずかしくなる。

これだけ叩かれても、これだけ疑惑の目を向けられても、何としてでも辞めたくない。
そんな執念だけが伝わって来る。
反省の色も無ければ、責任感も感じられない。

最近つくづく思う。
頭が良いと言うことと、仕事ができると言うことは別問題。
世の中で「仕事ができる」と評される方が、必ずしも学生時代に成績が良かったとは言えない。

舛添氏も相当優秀だったと聞く。
しかし、どれだけ頭が良くても、それを自分の利益のためにしか使わなければ、それは意味がない。
仕事と言うのは、自分が金儲けをすることではない。

私が常々、仕事をしながら想うのは、クライアントに喜んでいただいた結果がお金であるということ。
仕事と言うのは、誰かのためになり、その感謝の形がお金であること。
その気持ちがなければ、いくら頭が良くても、仕事はできない。

頭が良くても、それを自分の利益のために使うと、今回のようなことになるのでしょう。
法に触れない。ルール内でギリギリの解釈。
自分の利益にするために、批判されても、逃げ切れる範囲内でことを運ばせる。

どれだけ頭が良くても、自分の利益ばかりで、人から批判されても、反省もせず逃げ切る。
そんな人を誰が信用するでしょうか?
そんな人に付いて行く人がいるでしょうか?
いるとしたら、それは人に付いていくではなく、お金に付いて行っている。

働くという感じは「人動」という字です。
人のために動くこと。自分のためではありません。
また「側(はた)楽(らく)」という言葉もあります。
周囲の人を楽にする、楽しくする。

いずれも自分のためではなく、誰かのためになること。
大きく言えば、社会に貢献することが仕事です。
社会から信頼を失えば、それは仕事をするに値しません。

一度身を引いて、一から出直してやり直す。
それが日本社会なのです。
そのことがわからないから、自分のためにいつまでも地位にしがみつく。

頭が良いことと、仕事ができることは別です。
頭が良くない私は、せめて仕事ができるように頑張ります。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:49 | Comment(0) | 私の思うこと