2015年08月31日

心を育てる教育が必要だと思う

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8月も終りです。
長女は学校の準備。
明日から二学期が始まります。

親としては、長い夏休みが終り、ほっとしているところ。
でも、子供達にとっては、楽しかった夏休みが終わり、憂鬱な子供もいるでしょうね。
しかし、憂鬱だけなら良いが、統計では9月1日は、子供の自殺者の数が異常に多いとのこと。
学校に行くのが嫌で、自殺してしまう子が多くいるようです。

学校に行きたくないという気持ちはわかります。
私も子供の頃は、夏休みが終わって、学校が始まるのが死ぬほど嫌だった。
でも、それはいじめとかではなく、ただ単に「夏休みが終わってほしくない」という気持ちから。

しかし、今の子供達の中には、本当に「死ぬほど学校へ行きたくない」という子がいるのでしょう。
またいじめが始まるのなら、学校へ行かずに死んでしまいたい。
そう思ってしまう子供がいるという事実。
そして、それを実行に移してしまう子がいる事実。

先日、テレビでもこの問題を取り上げていて、ある図書館のツイッターの書き込みが紹介されていた。
「学校へ行きたくないのなら図書館へおいで」との書き込み。
学校か家かしか居場所の無い子供達にとっては、その他の選択肢が無い。
学校へ行きたくないからと、死を選んでしまうよりは、図書館に来てほしいと。

確かに自殺という最悪の結果にならないように、図書館に来てもらうことは有効だと思う。
しかし、問題はその後ですね。
この図書館では、なぜその子供が図書館に来たのか?
どこの誰なのか?一切問わないと言います。
つまりは、本当に一時的に子供が逃げ込める場所。

一時的には有効かも知れない。
でも、単なる逃げ場所になってしまっては、その子のためにはならない。
いつまでも逃げてばかりでは、何も始まらない。

いじめの問題は、ずっと繰り返されています。
おそらくいじめは無くならない。
いじめを無くす努力は必要だが、それ以上に心が強い人間を育てる教育の方が大事だと思う。

心が強いとはどういうことか。
いじめられても負けない心?
いや、私は違うと思う。
いじめをする子は、逆に心が弱いのだと思う。
弱いからこそ、自分よりも弱いと思う者を叩く。

心が強ければ、自分よりも弱い者を助ける。
仮に困難が立ちはだかったとしても、それを乗り越えようとする。
そして自分の中で目標や夢を持つ。

今のいじめに対する報道を見ていると、やたらと「誰の責任か?」と、責任の追及ばかりをしている。
学校の責任、教育委員会の責任、親の責任。
個々それぞれに責任はある。
しかし、責任追及ばかりしても、なんの解決にもならない。
現に、一向にいじめの問題は無くならない。

いくら枝葉を切っても何も変わらないのです。
やはり根っこから変えていかなくては変わらない。
その根っこは何か?
一にも二にも教育だと思う。

今のままの教育で良いのだろうか?
子供達に「平和・平等・人権」と教えているけど、結果がこのいじめ問題です。
本当に教えるべきは、人としての愛情。子供達の友情です。
心の通った教育を、教師は一人の大人として、子供達に教えなくてはならない。
教師がサラリーマンになってはいけないのです。

敗戦後の日本の教育を、根本から見直し、改めなければ、いじめは減らない。
私はそう思っています。
人間って元々弱い生き物なんです。
しっかりとした教育の元で、強い心を育み、一人の人間として輝ける。

一時的に、子供の逃げ場を作ってやるのも良い。
しかし、そこから先が大事。
逃げてばかりでは、一生逃げて逃げて、どんなことにも立ち向かえない大人になってしまう。
一番のサポートは親ですよね。
とても難しいけど、子供の気持ちをいたわりつつ、困難に立ち向かう勇気を、少しずつつけることができれば、いじめを跳ね返すこともできると思う。

私も子育て中の親。
自分の子供がいじめにあったら。と考えると、きっと悩むと思う。
それよりも、自分の子供がいじめている側だったら。果たしてどう向き合う?
学校での状況は分からない。
全ては先生を信じるしかないのです。

強い心を育てる教育を。
せめて親としてできることを考えて、子供達と考えていきたいと思います。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:44 | Comment(0) | 私の思うこと