2015年02月16日

表現の自由とテロ

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【写真は産経ニュースWeb版から】

今度はデンマークでテロが起きたようです。
表現の自由を唱える集会で、銃が乱射されて多くの犠牲者が出た模様。
この集会には、風刺画を描いている画家も招かれていたらしく、その画家を狙った犯行の可能性も高い。

以前発生した、フランスのテロ事件の時にも感じた事。
「表現の自由ってどこまで自由なのか」
自分が感じた事を表現する。
自分が思った事を形にする。
確かにそれは表現であり、自由でなくてはならないと思う。

しかし、もし自分の似顔絵を描かれて、それがとても皮肉ったもので、さらに自分の事をバカにされたような描き方だったとしたら、描かれたあなたはどう思いますか?
もし、自分がとっても好きなミュージシャンやアイドル、また尊敬する人を、同様に風刺画で表現されたら、どう感じるでしょうか?
表現の自由なんだから、何も文句を言うな!と言われたら。

確かに表現するのは自由です。
しかし、その事により、もの凄く不愉快に感じる人がいる。
その事に対して自粛を求めても、「表現の自由に対する圧力」と言われる。

お笑いでも同じ事が言えるのですが、私は誰かを小馬鹿にして笑を取るのは嫌いです。
自分を笑の標的にするのは良いけど、誰かを笑のネタにするのは好きではない。
風刺画も似たような気がしています。
誰かを小馬鹿にしたような絵の内容で笑を得る。
全ての風刺画がそうだとは言いません。
中には本当にユーモアがあって、誰もが思わずクスッと笑えるような風刺画もあると思う。

問題はその風刺画が、その人物をどのように扱っているのかと言う事でしょう。
描いた人が、そのモチーフとなる人物をどのように見ているか?だと思う。
これまで問題となった、予言者の風刺画と言うのは、やはりその人物を小馬鹿にした目線で描いている気がします。
テロは決して許されないが、その要因のひとつを自ら作っている気がします。

自由には必ず責任が伴う。
表現の自由には、必ず表現に対する責任もある。
どうも今の表現の自由は「好き勝手に描かせろ」と言っているように、私には聞こえる。
そしてテロリスト達も、それをテロの理由にしている。

テロは一方的に押さえつけても無くならない。
根っこから丁寧に人を育て上げていかなければ、テロは無くならないでしょう。
貧困の撲滅と教育の徹底こそが、テロを無くす最大の武器だと思う。

仮に自称イスラム国が壊滅したとしても、憎しみの種は飛び散って、また違う地で芽を出す。
その地が贅沢でないにしても、生きてゆくだけの富があり、降り注ぐ陽のように教育が施されれば、例え憎しみの種があっても、そこに芽生えるのは幸せの花となる。
種が悪いのではない、その種の育つ風土を豊かにしないといけない。

テロの問題は犯罪と同じ。
犯罪者から身を守る事が急務だが、同時に犯罪者を作らない社会を目指さないといけない。
テロリストから身を守る事が急務であり、同時にテロリストを産み出さない世界を目指さないといけない。
とても難しい事ですが、それが世界平和への道のりだと思います。
現実は厳しい、世界中で紛争が起きている。
だからこそ、その現実から目をそらさずに、向き合う必要がある。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:44 | Comment(0) | 私の思うこと