2014年11月05日

死ぬという事

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今日は少し重い話です。
ちょっと真面目に考えたいと思います。

二日程前に「安楽死」を選んだアメリカの女性のニュースがありました。
以前から安楽死する事をネットで公表していて、それが世界中で議論となった。
自ら死ぬ権利を訴えて、病気で苦しむよりも、安らかに眠りにつきたいという願いでした。
そしてその願い通り、医師が処方した薬を服用して、愛する家族に見守られながら永遠の眠りについたそうです。

この「安楽死」について、賛否両論あると思います。
病気で苦しんで死ぬよりも、安らかに眠らせてあげた方が良い。という意見もあるでしょう。
しかし、最後まで生き抜くべきだとの意見もあります。

人が死ぬと言う事はどういうことなのか?
誰しも「死にたい」とは思わない。
しかし、目前に死が迫り来る中で、同じ死ぬのなら安らかに死にたいと思う気持ちも解らないではない。
まさしく眠る様に、安らかに死にたい。
それは皆同様に思う事ではないでしょうか。

一方でまだ生きる事が出来るのに、自ら自分の命を消し去る事への疑問もあります。
安楽死という言葉は優しく聞こえるが、自殺とどう違うのか?
「生きる事が嫌になったから死ぬ」というのと「病気で苦しむのが嫌だから安楽死する」という事と、どう違うのか?
いずれ病気で苦しんで死ぬのだから、その前に楽に死にたい。という気持ちは自殺と変わらない気もします。

そして何よりも、本当に死ななければならないのか?という思いがあります。
最後の最後まで奇跡を信じて、病気が治る事を信じて、諦めないで生きる事。
精一杯最後の最後まで生きる事。
それが死ぬ事だと思う。
医師から後半年の命ですと言われても、もしかすると1年は生きるかも知れない。
奇跡が起きて、その後も生き続けるかも知れない。

その奇跡を信じて、最後の最後まで生き抜く事。
死ぬと言う事は、最後の最後まで、自分の命の灯火を燃やし続ける事だと思う。
生き抜いた最後のゴールが死だと思うのです。
安楽死はその途中でリタイアする事のような気がする。
やはり自殺と変わらないと思うのです。

最後の最後まで生き抜いて、苦しみを和らげるための投薬なら解る。
もう充分戦い抜いたから、最後くらいは楽になりたいと言うのなら解る。
今回の場合は、戦う前に命を絶っている。
最後まで生き抜かずに、自ら命を絶っている。

人には死ぬ権利なんて無いと私は思います。
あるのは最後まで生き抜く権利。
最後まで生き抜いたからこそ、そこに死がある。
安楽死は自殺と同じではないだろうか。

命の灯火がまだ残っているのに、それを使い切らずに消し去ってしまう。
これは神様が用意してくれている命を、無駄にしてしまう事。
最後まで生き抜く事を放棄する事。
神様に対する無礼と同じです。

自分がその立場になったら、安楽死を考えるだろうか?
自分に置き換えて考えてみる。
それでも、家族の事もあるので、精一杯最後まで生きたいと今は思う。
実際その立場になってみないと解りませんが、私は安楽死は認めるべきではないと思う。
皆さんはどう思いますか?
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:44 | Comment(0) | 私の思うこと