2010年10月17日

日本人とデザイン2

東京に行ってきてから、もう1週間が経ちました。
何かもう随分経ったような感覚です。
まだ1週間しか経っていないのに。

東京で、春眠さんと皇居〜靖国を回る間に、いろんなお話しをさせて頂きました。
その中で、私が「日本の芸術・工芸は今のデザインの基になっている」という話しをしました。
日本の物と西洋の物では、根本的に考え方が違うという事。
例として、大工さんが使う鉋(かんな)を話しました。
日本の大工さんが使う鉋は、四角い木に、鉄製の歯が付けられていて、見た目とてもシンプルです。
しかし、西洋の鉋は形もそうですが、様々な文様や装飾が施されていて、見た目とても華やかです。

鉋は道具として使うものですので、デザインという観点からすれば、装飾は必要ありません。
デザインとは、いかに人間が使いやすく機能するかです。
見た目が綺麗なだけではデザインとは言えません。
西洋の鉋は見た目はゴージャスですが、道具として使うに当たっては、全く意味を成さない。
日本の鉋は必要最低限の要素以外は、全て排除して、使いやすさを一番に追及しています。

そんな話しをしながら、靖国参拝の後、隣接する遊就館を回りました。
入ってすぐの所に、大砲が二つ展示されていました。
形の異る二つの大砲。
一つは江戸時代の日本製の大砲。
もう一つはポルトガルから輸入した大砲らしい。

二つ見比べてみると、先程話した鉋と同じ事が見えてきました。
日本の大砲は実にシンプルです。
必要最低限の要素は全て省いてある。
一方ポルトガルの大砲は、実に複雑な形です。

その場で写真が撮れたら良かったのですが、館内は撮影禁止でしたので、残念ながら写真はありません。
似た感じの写真をネットで見つけたので、こちらを貼らせて頂きます。

【西洋の大砲】
101017-1.jpeg

【日本の大砲】
101017-2.jpeg

大砲は芸術品ではありません。
大砲の目的は火薬の入った玉を、遠くに飛ばす事です。
ここにデザインの原点が現れています。

以前も、同じ内容のつぶやきをしました。
(2009年10月31日のつぶやき「日本人とデザイン」http://ds-island.seesaa.net/archives/200910-1.html
designという言葉自体が輸入されている言葉なので、日本となかなか結びつかないイメージが強い。
日本の物作りや芸術品を見ていると、デザインの基礎となる物が垣間見えます。
詳細は2009年10月31日のつぶやきを読んで下さいね。

この美意識は衣類にも現れていると思います。
日本の着物と西洋のドレス。
一見すると着物は地味でドレスは派手な印象があります。
しかし、シンプルな着物であるからこそ、帯留めやかんざし等の小物までが、美しさを演出できます。
一方派手なドレスは、ドレスに負けないように装飾品まで派手になります。

近年、ドレスもシンプルな物が受入れられて来たのも、日本の美意識が影響したからでしょう。
日本人は優れた能力と美意識を持った民族である事に、私は誇りを持ちたいと思います。

戦後、日本は勤勉な国民性と器用な手先を使って、様々な物作りに励み、立派に国を復興させました。
先人達の努力は並大抵のものでは無いと思います。
しかし、その一方で、これまでの日本を否定し、何でもアメリカの真似をしてきた部分もあります。
私達日本人は、もっと戦前までの日本人の心を学ばなければなりません。

下手すると「戦前の日本は悪」といった漠然としたイメージがあり、避けて通っている感すらあります。
先人に学び理解する事で、これからの日本もまたさらに発展するのだと思います。
今、日本は暗い暗いトンネルをさ迷っている感じです。
先人の知恵と思想と言う名の明りを灯し、自信と誇りという眼差しで見つめれば、進むべき道は開かれると思います。

先人に学び感謝して、これからの日本を素晴らしくして行くために、今を生きる私達が頑張らなくてはいけませんね。
今が良ければそれで良いのではありません。
先人達が未来の日本をより良くするために、努力して来たから日本は日本として生き残ったのです。
私達も頑張りましょう。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記