2010年08月16日

あの戦争は何だったのか?

昨夜は花火大会をメインにつぶやきましたので、一日遅れで今宵は終戦についてつぶやきたいと思います。
もちろん私は戦後生まれです。このつぶやきを読んで頂いている方も、ほぼ100%に近い確立で戦後生まれでしょう。

私たちは戦争を知りません。
子供の頃から「戦争はいけません」「戦争の無い平和な世界を」と教えられ育ちました。
確かに戦争をいけません。では何故、日本は大東亜戦争(太平洋戦争)を戦ったのでしょう。
誰だって戦争が良くない事くらい解っています。
ところが、「戦争は良くない」と教わるだけで、何故日本が戦ったのかを教えてもらった記憶がありません。

印象としては、「日本がアジアの諸国を侵略した」というイメージしか残っていないのです。
私自身、そう思い込んで大人になりました。
しかし、子供心に「本当に日本ってそんなに悪い事をしたのだろうか?」という疑問を持ったまま育ちました。
何かスッキリしない、うやむやな気持ちのまま、それでも「日本は戦争をした」という事実だけで、終戦の日を迎える度に「戦争の無い世界を」と願っていました。

ここ数年の間に、ネットや書籍等で「大東亜戦争とは何だったのか」を、いろいろと調べて行く内に何故日本が戦ったのが何となくですが解り始めて来ました。
これまでの「日本は戦争をした悪い国」「アジアの諸国に迷惑をかけた」という、ウソが見事に崩れ去って行きました。
そして、子供の頃から何かスッキリしない、納得出来ない理由が解った気がします。

日本が大東亜戦争を戦ったのは、第一に防衛のため、そしてアジアの諸国の植民地解放のためであると言う事を理解すると、日本が戦った事に納得できます。
当時のアジアは欧米諸国の植民地化されており、あからさまな人種差別がありました。
欧米諸国の白人社会は、アジアの諸国を発展途上国と見なし、植民地とする事で莫大な富を得ていたのです。

そんな中で唯一、アジアを代表する国が日本でした。
日本はアジアを守るため、そして自国を護るために、無謀とも言える大東亜戦争に望んだのです。
戦わなければ植民地となるだけです。
そうなれば、文化を破壊され、思想を破壊され、日本は日本で無くなっていたでしょう。
日本には戦うしか道が残されていなかったのです。

今年は日韓併合100年と言う事で、菅総理大臣が謝罪の談話を出しました。
何でも日本が韓国を併合した事で、多くの韓国人が苦しみ辛い思いをしたと言うのです。
しかし日本は韓国を侵略した訳ではありません。
日本は一度も韓国と戦争した事はありません。
日韓併合はまとまらない朝鮮半島情勢で、朝鮮自らが選んだ道です。
ちゃんと双方合意の上、文章を交わし併合したのです。

それをまるで「自分たちは被害者だ」という言い分は、聞いていて本当に不愉快になります。
併合される前の韓国は、ライフラインも教育も何もかも発展途上で、日本との併合により、日本が莫大なお金をかけて、国の基礎を作りました。
韓国の近代化は日本の併合によって行われたのが事実です。
それなのに、何で日本政府が謝罪の談話を出すのですか?
日本の政治家は、単に謝ればそれで済むと思っています。
本当にいい加減にして頂きたい。

終戦の日を迎えると、戦争の悲惨さや戦争で苦しんだ人々の話し等、いつもクローズアップされます。
確かに戦争は悲惨で悲しいです。
しかし、戦わなければならなかった世界情勢。
そして、国を護るために命を差し出した、若き英霊達の想い。
それも同様にクローズアップするべきです。

戦争は悲惨です。悲しいです。
だからこそ二度と戦争が起きないように、私たち日本国は毅然とした態度で諸外国に対応しなければいけません。
そのためには武力は不可欠です。
戦わないために力を見せつける必要があるのです。
話し合いで解決する程、世界は善人ではありません。
それならば、とっくに世界から戦争は無くなっています。

終戦の日に、単に「日本は戦争をした」で済ませるのでは無く、「何故日本は戦ったのか」「これから日本はどうあるべきか」を考える事が大切です。
日本の未来を護るために、尊い命を差し出して頂いた英霊達の供養のためにも、今生きている私たちが考えていかなければならない事です。

日本は決して侵略国家では無い。
人種差別・植民地解放のために、また自国防衛のために、大東亜戦争を戦ったのです。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 00:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | 私の思うこと