2008年09月03日

命の尊さを考えて

この頃、娘の多弁さがさらに増して来ている。
私たちの話はほぼ100%理解していて、娘の話も70%程理解出来るようになってきました。時々言葉が通じなく怒ってしまうこともありますが、その確率もどんどん下がってきています。
子どもの成長というのは本当にビックリです。
産まれて2年ちょっとで会話をするようになるんですからね。

今日はテレビを見ていて、子どもが産まれてくる事の素晴らしさを再認識しました。
世界のビックリ仰天ニュースだったのですが、超未熟児で産まれてきた赤ちゃんの物語でした。
体重わずか400g足らずの超未熟児で、生き続ける事が出来るか分からない状態での戦い。
両親の祈る気持ちと、必死に頑張る医者、そして何より生き抜いた赤ちゃんの生命力に、本当に赤ちゃんが産まれて育つという事の素晴らしさを再認識しました。

家族でテレビを見ていたのですが、娘も「赤ちゃん・赤ちゃん」と何度も指さしていました。
我が家も息子と娘の間に、三回流産しているので、無事に産まれて育ってくれることが、本当に有り難いことだと言う事を、今日のテレビを見て再度感謝した次第です。
感動的な映像を見ながら、嫁さんが「産まれてくるのは神の力だからね〜」と言いました。
確かにいくら医療が進歩しても、子どもが授かり母体で育ち産まれてくるのは、医療の力ではどうすることも出来ません。
産まれる瞬間のお母さんの頑張りと、産まれてくる子どもの生命力の手助けをするのが医療です。

そんな意味からもまさに神の領域であると言えるのでしょう。
しかしそんな重みのある言葉も、娘の一言で笑に吹っ飛んでしまいました。
嫁さんが「産まれてくるのは神の力だからね〜」と言うと、娘はすかさず「かめ!?」と聞きました(笑)
娘にしては「かめ」という言葉は知っていても「神」という言葉は知りません。
「神様」と言えばまだ理解できたかも知れませんが、「神」が「かめ」に聞こえたのでしょうね。

そんなハプニングもありながら、生命の素晴らしさを実感した時間でした。
ところがその数十分後、ニュース番組で見たニュースで、せっかくの生命の素晴らしさをぶち壊しにされました。
埼玉で起った事件。6歳と2歳になる双子を放置し、2歳の息子が死亡し、双子の娘の方も衰弱して入院したというニュース。
容疑者は母親なのですが、信じられない事に子どもをほったらかして自分は男と遊びほうけていたらしい。

一体何故こんな事件が起きてしまうのか?
私には全く理解ができません。2歳って家の娘と同じ歳です。
6歳の長男って、家の息子よりもまだ幼いんですよ。
そんな子どもたちを放置して、男と遊びほうけているなんて、親としてというよりも人間として失格です。

さらに辛いのが、6歳の長男が言った言葉。
「ママからきちんと面倒をみろと言われたのに、僕がお菓子を食べさせなかった。本当に僕が全部悪い。ママは悪くない。ママに会いたい」
もう胸が苦しくて張り裂けそうです。6歳の子どもが言う言葉じゃありません。
この母親にとって子どもって何だったのでしょう?
親にとって子どもって自分の命に代えてでも守りたい存在のハズ。
以前にも似たような事件がありましたが、こんな事件が起きる度に「何で?」と思ってしまいます。

我が家も子どもと口げんかのような毎日です。
息子が生意気な口を利いたり、娘が言う事を利かず駄々をこねたりして、本当にその時は憎たらしいです。
でも、家に帰ってきて二人で無邪気に遊んだり、気持ち良さそうな寝顔を見ると本当に癒されます。
それが普通だと思うのですが、今の日本、それが普通じゃなくなっているのでしょうか?
子どもを産んでも親になり切れない親が増えているのでしょうね。

私たちも決して立派な親ではありません。
まともに子育て出来ているとは到底思えません。
でも、何よりも子どもたちの事を一番に考えているつもりです。

今日は命の尊さを再認識しながらも、その尊い命を守る事を放棄した親に怒りを感じた日でした。
これからの日本。親を教育するプログラムが、本当に必要な国になっているのかも知れません。
愛情があればそんなプログラムなんていらないハズなんですけどね。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:58 | Comment(2) | TrackBack(0) | 私の思うこと