2008年08月15日

終戦の日です

今日は終戦記念日でした。「記念日」という言葉が何となく目出度い言葉のように感じて、ちょっと違和感もあるのですが、それはさておき・・・。
終戦記念日のためか、テレビでは戦争を題材にした特集が、かなりあったように見受けられました。
チャンネルを回しながら、ちょこちょこっと観ただけなので、どんな内容の特集か解りませんでしたが、やはり重苦しいテーマの物ばかりだったように思います。

毎年、この終戦記念日が来ると「二度と戦争を起さない平和な国」という誓いの元、様々な式典などが行われている気がします。
確かに二度と戦争を起さないという決意は素晴らしいものです。
でも、それは我が国だけの誓いだけで済む問題でしょうか?
仮に他国が攻めてきたら、戦争をしないでただ侵略されるだけなんでしょうか?

我が国は戦後から現在まで、良くも悪くもアメリカの支配下のもと、守られてきました。
沖縄にアメリカ基地がある事で、他国は日本を攻めることが出来ないでいただけかも知れません。
もし、アメリカが日本に基地を置かなかったら、下手すると中国やロシアに侵略されていたかも知れません。

そんな事を考えると、単純に「戦争をしない国」と綺麗な言葉だけで誓いを立てても何にも意味をなさない気がします。
決して「戦争をしない国」というのを否定している訳ではありません。それは素晴らしいことだし、本来世界中の国がその誓いを守っていれば戦闘など起きないのです。
現に今もロシアとグルジアが火花を散らして戦っています。
中国では長い事武力で抑え込まれてきた、ウイグルの人々やチベットの人々の怒りが爆発しています。

戦争をしないというのは、こちらから攻め入る事をしないことであって、攻め込まれた時は当然防衛する必要があります。
戦うことすら放棄して、自国が侵略されるのを指を加えて見ているだけの国家なら、それはもう国家とは呼べないでしょう。

今日は終戦記念日ですが、この太平洋戦争も私たちは「日本の侵略戦争」と教わって来ました。
ところが真実のフタを開けてみると、全く違う要素が顔を覗かせます。
日本は他国を侵略したくて戦争をした訳ではありません。
逆に自国を守るため、アジアの植民地を解放するために、大国アメリカに戦いを挑まざる得なかったのです。
ギリギリまで追いつめられ、「戦争をするかそのまま侵略されるか」という状況だとしたら、やはり戦わなくてはいけないことになるのでしょう。

このように書くと、まるで戦争を正当化しているように聞こえますが、決して戦争を肯定しているわけではありません。
戦争は破壊と殺りくを繰り返し、何も産み出しません。産み出すのは不幸と憎しみと絶望感です。
だから「戦争をしない国」というのは、本当に素晴らしいことだと思うのです。
ただ、それは日本だけが誓いを立てても、他国が同じ誓いをしなければ意味をなさないのです。

私たちは今日の終戦記念日を、単に「戦争が終った日・日本が戦争に負けた日」と捉えてはいけないと思います。
日本と言う国を守るために、自らの命を捧げていった先人達に感謝の気持ちと、哀悼の念を持って祈る日であるべきだと思います。
その上で、真の平和を願い「戦争をしない国・戦争をさせない国」にならなくてはいけません。
それこそがあの太平洋戦争(大東亜戦争)から学んだことだと思うのです。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:55 | Comment(2) | TrackBack(0) | 私の思うこと