2007年09月21日

私が裁判官なら死刑です

最近この事件を取り上げる事が多いのですが、私としてはどうしても理解できない。
昨日、光市母子殺害の意見陳述があり、被害者遺族である本村さんと、義母が意見を述べました。
遺族であれば当然誰もが思う事・・・「死刑を望みます」。
当然でしょうね。幸せな家庭を一瞬にして崩壊させ、その上で反省も無いのですから。

しかしその後の被告の言葉は耳を疑うような内容でした。
この被告は弁護団が付いてから、本当に勘違いをしているのではないでしょうか。
検察に質問をされて最後に被告が言い放った言葉。
「わたしをなめないでもらいたい」
この言葉に本心が集約されている気がしますね。
被告が口にする「反省」という言葉は、単に死刑を回避するための単語に過ぎません。
弁護団が付いたことで、被告は大きな勘違いをしているのだと思います。

そして弁護団も大きな勘違いをしていると思います。
あまりにも世間との感覚からかけ離れ、死刑廃止の観点からやりたい放題やってきたという風にしか、私たちからは見えません。
弁護士が被告を弁護するのは当然です。しかし、真実を作り上げようとしたり、被害者遺族の心情を踏みにじるような行為は、許されるものでは無いと思います。
弁護士で有る前に人であるべきなのではないでしょうか。

そんな弁護団の一人が、記者会見で「精一杯弁護活動をやれた」と号泣していました。
あの映像を見て、正直私は理解に苦しみました。
「何に涙しているの?」と思いました。
弁護士が弁護活動をして「精一杯仕事しました」ですか?
当たり前じゃないですか。皆一生懸命仕事しているんです。

今回の弁護で世間から批判を受けて、それで耐えてきた自分が辛かったのでしょうか?
それで涙したのならあまりにも身勝手です。
批判を受けるだけのことをしてきたのです。
それに対して何も反省することもなく、「いろいろ言われたけど、最後まで弁護活動をやり遂げた」と自画自賛しているわけですから、涙流されても誰も認めてくれないと思います。

そして「今までの中でこれほど必死に弁護活動できたのは初めて」というような内容の言葉がありました。
これも私は聞いていて違和感を覚えました。
今までこの弁護士に弁護を依頼した人たちが、この言葉を聞いたらどう感じるでしょうか?
私だったら「それじゃ私が依頼した弁護は、必死に弁護活動してくれなかったの?」って思ってしまうでしょう。

被告人の最後の言葉。
そして涙した弁護士の言葉。
どちらも自分のことしか考えていない結果出てきた言葉です。
被害者の、そして被害者遺族の存在を明らかに忘れています。

あまりにも長くて、そして無茶苦茶な裁判。
私も含め、周囲がヒートアップしてしまうような状況の中で、ひたすら冷静に戦ってきた本村さんは、本当に立派だと思います。
単に被告人が憎いというのでは無く、罪とは、罰とは、人の命とは、という事を常に真剣に考えながら、裁判を戦ってきたと思います。

今回のこの裁判を、私たちも冷静に見ながら、それぞれが罪を考えることが大事だと思います。
裁判員制度もやってきます。人事ではなく、自分が裁く側に立って見る必要があるのだと思います。
多くの国民が納得する判決を下して欲しいと思います。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:58 | Comment(3) | TrackBack(0) | 私の思うこと