2006年09月11日

あのテロから5年

もう5年になるんですね。
テレビで観ていた衝撃の映像。黒煙をあげる国際貿易センターのビルが、今も鮮明に脳裏に焼き付いています。
ちょうど夜中の出来事で、「一体何が起きたのか?」と我が目を疑ったものでした。

当初はテロということがよく理解できず、飛行機がぶつかった事故なのかと思っていました。
そしてテロということが理解でき、崩れ落ちていくビルの映像を見た時、これからこの世界はどうなるのだろうと、何とも言えない恐怖と不安が全身を覆いました。

あれから丸5年。テロとの戦いと言う名目で、アフガン戦争、イラク戦争と続きました。
その結果、テロは無くなったのか?
未だにテロは続き、何の罪も無い人々が犠牲になっています。

暴力で物事を解決しようとする行為は、憎悪の種を蒔き憎しみの花を咲かせます。
憎しみの花は、やがて暴力と言う実になり、武力で物事を解決しようとします。
その結果、暴力を受けた人々の心には、また憎悪の種が蒔かれてしまいます。
この悪循環が続く限り、テロ行為はなくならないでしょう。
テロ行為が正しい意思表示だと正当化することは、身勝手な解釈以外の何者でもないと思います。
しかし、そのテロ行為に対して単に武力でぶつかるだけでは、何も解決策は見いだせません。

武力で押し付けられた人々の心には、絶対に憎悪の種が芽生えます。
根本的な部分から、人の心の部分から解決していかなくては、悪のリサイクルの繰り返しだと思います。
しかしこの根本的な部分自体が、非常に難しいのでしょうね。
宗教的、民俗的な要素を含んでいるような感じで、本当に根が深いのだと思います。

ただ、この悪のリサイクルを繰り返していくと、本当に人類は滅亡の道をたどる気がしてなりません。
地球上に存在する人間、言葉や肌の色、習慣はそれぞれに異なりますが、皆同じ人間です。
皆、神から知恵を授けて頂いた人間なんです。その知恵を使って、同じ人間を殺すことを平気で行っているのですから、神から見たら本当に情けないのではないでしょうか。

我々も日常の生活の中で、他人の行いや言動に対して、立腹したり絶望したり嘆き悲しむこともあります。
でも、そのことでその人を憎み同様のことを、その人や他人に対して行うと、自分自身の心がどんどん汚れていきます。
心が汚れてくると物事の判断がつかなくなり、平気で人の心を傷つけそのことに気付かなくなっていく気がします。

私達の日常と、世界規模のテロとでは規模が異なるとは思いますが、根本的な部分は似たようなものではないでしょうか。
自分たちの民族・自分たちの信仰だけが正しくて、他のものは間違っている。という考え方自体が変わらなければ、何も変わることはないでしょう。
とても難しい問題だとは思いますが、ここは世界が手を取り合って進んでいかなくては、人類の未来も危ない気がします。

同時多発テロから5年。
世界の平和を、自分なりに考えていきたいと思います。
皆が手を取り合って生きていく、地球上のどこでも争いが起きていない、そんな日が来ることを願いつつ。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 私の思うこと