2005年10月11日

ウリボウ山に帰る

よくテレビで見る感動的なシーン。
野生の動物が人間世界に入り込んで、自分の世界に帰れなくなり、人々が必死で救助しているところ。
クジラが浅瀬に迷い込んで、体力が低下しているのを、大勢の人が必死になって沖に出してあげるのをよく見ます。
動物の命も、人の命も同じ命として、命有るものを助けるという、とても素晴らしいことだと思います。

しかし神戸では、この手のことで大問題が発生していました。
それはクジラではなく「イノシシ」それも、子供のイノシシの「ウリボウ」です。

野生のウリボウが、街中の河川敷に住み着いているのです。
正確に言うと住み着いているのではなくて、山に帰れなくなってしまったのです。
何故そんなことになったのか。その川は完全にコンクリートで固められている川というよりも大きな用水路で、しかも数十メートルごとに50cm程の段差になっているのです。
つまりその段差を飛び越える事ができなくて、上流に行くことが出来なくなっているのです。

おそらく親のイノシシと、餌を求めて山からこの川を下ってきたのだと思います。
降りる時は何とか飛び降りたのだと思うのですが、帰りになって飛び上がることが出来ない状態になったのだと思います。
母親のイノシシが時々山から下りて来ては、お乳を与えて、また母親だけ山に帰っていくという生活を、もう2ヵ月程送っているようでした。

近隣の住民の中には、この「ウリボウ」が可愛そうで、餌をあげている人も大勢いたようです。
しかし、神戸市は山から下りてくるイノシシで、様々な被害が起きていて「イノシシ餌付け禁止条例」が出ているらしく、このウリボウに餌をあげることも条例違反になるのです。
それでも「だまって見殺しにするんか」と言う意見で餌をあげる人。「自然の物に人が手を出すべきではない」と言う意見で反対する人。意見は真っ二つに割れてしまいました。

ウリボウを捕まえて山に帰せば済むことのように思いますが、「イノシシ条例」で捕まえることも出来ないらしく、そのまま放置されていたようです。
しかし、ようやく市が重い腰をあげて、ウリボウが段差を越えることができるように、土嚢を積んで対策をした結果、母親の後をついて必死で段差を越えて山に帰っていきました。
何故もっと早くに対策しなかったのか、とても不思議です。

神戸の人々にとって、イノシシは被害が起きる問題の動物でもあると思いますが、だまって見過ごすのはどうかと思います。
確かに自然のものに、人間が手を出すのはあまり良くないかも知れません。でも、川をコンクリートで固めて大きな用水路にしたのは人間です。
それに、人間だって自然の中で生きているのです。勝手に人間が街を造って「ここは人が住む場所」と決めつけただけで、動物にしてみたらいい迷惑だと思います。

動物の命でも大切な命です。助けてあげることが出来るのなら助けてあげる心が欲しいです。
ただこれが本当に野生の中でのサバイバルなら話しは別です。
もしこのウリボウが、他の動物に襲われていて、今にも食べられそうになっているのを、可愛そうだからと言って助けるのは筋違いだと思います。
何故ならその襲っている動物にも命があり、自分の命を繋ぐための営みです。それを人間が邪魔する権利はありません。

人間だって様々な動植物の命の犠牲の上に生きています。
私たちは食べることによって、本当に沢山の命を戴いているのです。そのことをもっと意識しなくてはいけません。
そう考えると、命の尊さをもっともっと考えるのではないでしょうか。
たかが小さなウリボウ一匹ですが、大切な命であること、そして親子の絆がしっかりと繋がっていることを、見せられていろいろと考えさせられました。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:30 | Comment(2) | TrackBack(0) | 私の思うこと