2005年04月25日

JR脱線事故

何とも悲惨な事故が起きてしまいました。
兵庫県尼崎市で起きた、JR脱線事故は死者50人・負傷者417人という最悪な事態になっています。
事故の原因がまだ特定されていませんが、スピードの出し過ぎが原因のような見方があるようです。

乗客の証言からも「いつものスピードじゃなかった」「どんどんスピードが上がっていって怖くなった」等の声が上がっており、二駅前でオーバーランして遅れた時間を取り戻そうと、速度を上げたのではないかという憶測が出ているようです。

運転士も重体で、真の原因は解りませんが、時間を取り戻すためにスピードを上げたのだとしたら、何とも残念で仕方ありません。
確かに電車が予定時間に来ないということは、お客様の迷惑になります。でも、それは何とか許してもらえることです。
しかし、時間の遅れを取り戻そうとして、今回の事故を招いたとしたら、謝罪して済むことではないのです。

運転士がどのような思いでスピードを上げたのか、それは本人にしか解りませんが、「電車の時間厳守」というものが、あまりに重要視されていたのではないか?と思ってしまいます。
運転士の意識の中で、安全確保よりも時間厳守の方が、割合を占めていたのではないかと思うのです。

ミスは誰にでもあります。人間ですからミスは絶対に付きものです。
どんなベテランでも、その日の体調や気分、精神状態によってミスが発生することはあるのです。
ましてや今回の運転士は、まだ若く運転歴11ヶ月です。極端な言い方ですが、ミスして当然なのです。問題はミスが起きた時に、どう対処するのか。ということを、JR側がいかに指導していたのかだと思います。

どんな仕事でも同じことが言えるのですが、ミスが発生した時に、ミスした人間を責めても、何の意味もありません。
ミスした本人にも責任はありますが、何故ミスが発生したのか?というプロセスをしっかり突き止めなければならないのです。そのことで、同じミスが二度と発生しないように、きっちりと対策をしてマニュアルにしなければならないのです。

今回の事故原因が、まだハッキリと判明されていないので、上記のような事ではないのかも知れません。
しかし、JR側には、早急の原因究明と今後の対策をしっかり提示する義務があります。間違っても「運転士のスピードの出し過ぎ」だけで終わらせてほしくありません。

50人という、あまりにも多すぎる命を奪ったこの事故を、単なる事故で終わらせるのではなく、今後の日本の鉄道のあり方についても、考えていかなくてはならない時期だと思います。

そしてもう一つ考えたいこと、それは私たち日本人の時間の正確さです。
いい意味で考えれば几帳面と言えるのですが、あまりにも時間厳守になり過ぎているのではないかと思う面もあります。
もう少し、のんびりとしてもいいのに・・・と時々思うことがあります。分刻みで走る電車、確かに時間通りに運行することは、素晴らしい技術とサービスです。でも、時には遅れることがあってもいいじゃないですか。

グータラは困りますが、今の世の中、全ての人が時間に追われて生きている気がしてなりません。そう言う私も同じなんですが・・・・。
時々、奄美に帰ると時間の流れが、すごく緩やかに感じます。
時間は常に流れていますが、時間に追われて生きるのと、時間をたっぷり使って生きるのとでは、同じ時間でもまったく違う一日になるでしょう。

話が途中で変わってしまいましたが、今回の事故で亡くなられた多くの方々の、ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
また、負傷された方々、心よりお見舞い申し上げます。体の傷は癒えても、ショックによる心の傷は、なかなか癒えないと思いますが、頑張って元気を取り戻して下さい。
そして、今回の事故をJRの事故で終わらせないよう、JRはもちろんのこと、各鉄道会社〜交通会社まで、安全運転の意味をもう一度考えてほしいと思います。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 22:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 私の思うこと